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アジサイと雨、マイナス×マイナス=

雨がしとしとと降る季節となりました。

この時期になると、アジサイをいたるところでみることができます。基本的にアジサイは青や紫ですよね。その色のとおり、どうもみていて気持ちがブルーになってしまう花です。

青が澄み渡る空の日。それはもう、さあ、今日も仕事を頑張るぞ!という気持ちになれますが、会社までいく道すがらで咲いている、日の光に燦々と照らされた青や紫の陰気な色々のアジサイをみても、正直あんまり何も感じません。

一方、しとしと雨が降りしきる日。そんな日は、スーツも雨水を含んで、会社まで行く足もずしんと重くなってしまう私でございますが、晴れの日にはほとんど気にもかからない、道の途中にある、そのアジサイたちがとても、キラキラしてみえるのです。

陰鬱な気持ちにさせる雨×ブルーな色のアジサイ=+

そう、それは、-×-=+になるような、不思議な気持ち。

普段陰鬱な心持をしている私×陰鬱な気持ちになる音楽や小説=なぜか生じる普段感じることのない、どこか湿ったあたたかな気持ち。
アジサイと雨は、そう、そういう気持ちを強烈に私に植え付けるのです。

アジサイ
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ショートストーリー「ちんちん」

アスファルトが熱い。あまりに暑くて少し唸ると、か弱き俺の雇い主がいちいち反応し、「どうしたの?タマ!暑いの?そうだよねぇ!本当に今年の夏は暑いねぇ」なんて言葉を発した。だったら、なぜ俺の首を無理やり縛り上げ、俺の肉球を焦がすような灼熱のアスファルトの上を歩かせるのか、ああ、早く雇い主の、クーラーとやらが効いたお家に戻り、クンクンいっていれば、勝手に出してくれる飯にありつきたいものだ!

「タマ!今日は、暑いから、いつもの散歩コースより短いコースにするね。ごめんね」ああ、そうしてくれ、か弱き俺の雇い主!もう、今すぐにでも家に帰ろう!と俺が喚くと、それは雇い主には『キャン!キャン!』としか聞こえないらしく、雇い主は、「そんなに散歩したいの?でも、ごめんねぇ。耐えられないの、この熱さには、タマもそうでしょ?そうだよね!」なんて、勝手に自分で合点しやがって!あと、毎回思っているのだが、「タマ」なんてありきたりでくだらない名前で俺を呼ぶのはやめてほしいものだ!もっと、カッコいいクールな名前を付けられないのか。まったく、人間というものは身勝手なものである。いったいどこでならったのか知らないが、楽しくもない景色を永遠とまわり続ける決まりきったルートの散歩、俺の頭をなでたり、俺の頬に頬を擦り付けたりする行為、したくもないお手、おすわり、ちんちん(これらは、俺を従順な存在にするためのくだらない訓練なのである。そして、雇い主のこれらのような要求にしっかりこたえると、従順ね!よくできました!と俺をほめたたえ、報酬として、飯をくれるのだ!単に、飯を得るための、演技だとは、知らずに!!)などなど、これらのような人間の行為、また俺への要求は、俺をよりよい「ペット」とやらにするのに必要不可欠らしいのだ!全くばかげている。くだらないし、苦しい。雇い主に限らず、いちいち俺のことを「かわいい!かわいい!」と群がってくる人間に対して、愛着を持たれるようなしぐさをしなければならないし(これも飯を得るための演技だ)、そうだ、無理やり「たかーい!たかーい!」といって俺の体を宙に浮かせるときに感じる、雇い主の指圧の痛みに耐えなければならないし(雇い主は、このたかーいたかーいが大好きなのである)、糞はいちいち決まったところで済ませなければならないし、眠たくても、ぬいぐるみのようにおもちゃにされ、寝られないことは毎日のことだし、特に先ほど申した「ちんちん」という芸当をやらされるときの、その「ちんちん」というのが、人間の男の汚らしい生殖器を指す言葉にも使われるというのを知って以来、それは恥辱以外の何物でもなくなった。
 しかし、俺は雇い主、その他の人間が俺に要求するすべてにしっかりと答えてきた。そうすることによって、はじめておいしい飯にありつけるからである。しかも、要求以上のパフォーマンスをすると、ご褒美のフルーツまでくれるのである!飯だけではない。雇い主に守られ、その雇い主の住む家の一部を定住の場所として提供され、俺の飯の資金を雇い主に提供してくれる親の存在という、いわゆる「安定」と「保障」(物質的なものともいえ、精神的なものともいえる)というものもついてくるのだ!
 だからこそ、俺が先ほどから言っている人間への「奉仕」も我慢してできるのだ。そんな環境を得ることができた俺は、勝ち組である。そう強く改めて感じたのだ。というのは、いつもの散歩コースとは違うルートの中で、野良犬が集う空地を横切ったからである。そいつらは、汚らしい毛を逆立て、どこからあさってきたのか、人間がごみ袋にいれて捨てたまずそうな腐りかけの残飯を貪り食っていたのである。ああ、いやだ、いやだ。そんなのばかり食べていたら、病気になりそうだ。安定も保障もしっかりした飯も享受できない汚らしい野良犬たち!そいつらをみて、「ちんちん」みたいな恥辱に耐えるくらいで、飯を食えるなんて、なんて俺は幸せものなのだ!と思ったのである。俺がその空地を横切るとき、2、3匹の野良犬たちが羨望の目でこちらを見ていた。そんな目で見るな!きもちわるい!・・・お前たちがもっと魅力的にふるまえば、誰かしら、お前らを拾ってくれる愚かな人間が現れるかもしれないのにな!あっはははは!!
そして、俺と、か弱き俺の雇い主は、クーラーの効いた家の中にはいり、俺は「かわいい」奉仕をして、雇い主は俺に飯を提供する。



「おい、みろよ。今じゃあ、『タマ』とか呼ばれている昔の俺らの同胞が首輪につながれ、あのかわいい女の子と散歩をしているぞ」と空地の野良犬のボスがいった。
「本当ですね、兄貴。しっかし、あいつもずいぶんきれいなからだになっちゃって」と仲間の1匹が行った。
「しっかし、この空地の中にいっぱいいる俺たち野良犬の中から、あの女の子があいつだけを拾った理由ってなんでしょうね?兄貴」と別の仲間の1匹がいった。
ボスは答えた。
「とにかく元気があるアピールをし、目をキラキラ無理やり輝かせて、普段俺たちが聞いたことがないような、かわいらしい『クーン、クーン』声をだし、人間のいう『ちんちん』という名の芸当を見事に行ったおかげだろう。おっと、あの男は、だれだ?この空地にくるぞ?もしかして、俺たちの中から、何匹か拾ってくれるかもしれないぜ。たしかに、俺たちは、今は首輪にもつながれていなくて、楽だけどよ、安定はねぇし、飯は残飯ばっかりでまずいったらありゃしない。やっぱり、うまい飯を食いたいし、安定した住まいが俺もほしいからな。いっちょ、タマちゃんみたいに、演ってみるか」
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