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宇多田ヒカルのWILD LIFE(12月8日)映画館のライブビューイングの感想

昨日、12月8日、宇多田ヒカルの横浜アリーナでのライブが、映画館やUstreamで同時生中継でヴューイングできた。僕は、映画館に足を運んで観た。

映画館で観る生中継ライブってどんなものなの?途中でバチッとかいってとぎれたりしない?と不安だったのだが、すばらしい生中継ライブをやってくれた。すばらしいカメラワークだった。宇多田ヒカルの表情、演奏者の演奏、楽器なども鮮明に見せてくれた。

横浜アリーナの真ん中にステージがあった。観客に宇多田ヒカルが囲まれている、いや、包まれているようなステージセットだった。

会場がくらくなって、くまちゃんの映像がながれたあと、Goodbye Happinessが一曲目で披露された。
その瞬間涙が自然と流れた。なぜかはわからない。ただ、流れたのである。

その後も、宇多田ヒカルは、カバー曲も含めて、自身でつくった代表的な楽曲を中心に演奏していく。カラーズもやったし、AutomaticもFirst LoveもBeautiful Worldも、travelingも、そしてぼくはくまも。とにかく誰もが一度は聴いたことがあるであろう大ヒット曲の演奏の連発に息をのんだ。

ライブでの演奏のアレンジ、宇多田ヒカルの歌唱、ステージの見せ方、そして曲自体が持つ強さなど、ありとあらゆるものが圧巻だった。そして宇多田ヒカルの歌声は、実際に横浜アリーナにいた人、劇場やUstreamで観た人の胸に届いただろう。


アンコール前の最後の一曲の前、その曲に関することをMCで宇多田ヒカルは述べた。

「人って、いろいろな人がいて、いらいらしたり、おこったり、もちろん愛し合ったりするわけだけど、そういう感情って、生きている人間、みんな同じなんじゃないかなぁ・・・って思って、書いた曲を最後に歌いたいと思います」

そういって、最後に披露された曲は、僕が21年間生きてきた中で聴いたアルバムの中でも3本の指にはいる最高のポップアルバム「HEART STATION」の最後の曲として収録されている、「虹色バス」だった。

この曲は、上記の宇多田ヒカルのメッセージが英語で歌われている。

Everybody feel the same

宇多田ヒカルは、「みんな感情は同じものを感じているんだよ」と歌う。何度もコーラスが入る歌詞だ。しかし、この曲の歌詞で、Everybody feel the sameと共に最後に歌われている訴えがある。

それが、「誰もいない世界へ私をつれていって」という訴えである。

みんな抱く感情は同じ。しかし、宇多田ヒカルは、そう思っていても、「自分で実感」がずっとできていなかったのではないか。もちろん、一般人が、それを実感しているとはいえないし、僕たちだって、そんなことはわからないし、そんなことで悩まないだろう。しかし、宇多田ヒカルは、それを実感として自分が感じられていないことを苦しんでいたと僕は思っている。

だから、宇多田ヒカルの曲は、ほとんど LOVE についての曲なのだと思う。

宇多田ヒカルの歌詞には、とにかくLOVEという単語がでることが多い。もちろん、それは男女の関係においてのLOVEについて歌われているのだが、その宇多田ヒカルの歌うLOVEに僕は「リアリティ」を感じることがいつもできない。

もちろん、宇多田ヒカルは、恋愛もしただろうし、一度結婚の経験だってある。しかし、15歳かそこらでデビューし、最初に出したアルバムが700万枚以上も売れて、もはや、自分という存在が、手に負えなくなってしまったのではないか。いわゆる「ふつうの生活」ができなくなったのだ。

レコード会社などの企業たちにちやほやされつづけ、自分の得意な「音楽」だけをひたすら作り続けて、歌手としての宇多田ヒカルでずっとあり続けていた。そんな環境の中から、おそらく宇多田ヒカル本人の中で、「愛」というものが見つからなかったのかもしれない。

だから、求めた。LOVEを求め続けた。自分が生きていて周りがやらせてくれる唯一のもの「音楽・歌」を通して。

でも、結局わからなかったし、みつからなかったのだろう。

おそらく、今回のライブでも演奏されたテイク5という曲がその宇多田ヒカルの心境を表していると思う。

「絶望も希望もない空のように透き通っていたい」

LOVE、それは、絶望も生むし、希望も生むもの。でも、そんなものを求めなくてもいい、そんな世界に行きたい。

-だれもいない世界へ私をつれていって-

このテイク5も、宇多田ヒカル名義で休止前に発表した「HEART STATION」の歌である。

結局、宇多田ヒカルは、自身の「心がたどりつくべき場所(駅)」を誰もいない世界に求めたのだ。

しかし、そんな世界はどこにもない。

だったら、そんな世界を自分で手に入れるしかない。

だから、宇多田ヒカルは、音楽活動を一度休止して、「人間活動」に専念したいといったのだろう。

LOVEが「実感」できる、リアリティのある、世界を手に入れるために。

宇多田ヒカルが音楽活動を一度休止すると発表したとき、僕はかなりショックだったが、HEART STATIONを聴くと、この宇多田ヒカルの決心は必然なことだと思う。

宇多田ヒカルは、そんな自身の歌を昨日のライブで、堂々と、とても楽しそうに、誇らしげに歌っていた。その姿は、リアリティあふれる、LOVEに満ちた姿だった。

アンコールでの最後の曲は、宇多田ヒカルのデビューしたときの最初の曲
time will tellだった。初心に帰るってことでこの曲にしたらしい。それは、新たな一歩を踏み出すための宇多田ヒカルの観客への決意の表明だった。

歌い終わった後、宇多田ヒカルは観客に答えながらゆっくりと退場の道を進んだ。笑顔だった。とてもかわいい宇多田ヒカルがそこにはいた。

退場口の前で、宇多田ヒカルは深々と頭を下げた。しっかりと地に足をつけて。

そんな宇多田ヒカルの姿をみて、僕はなぜかほっとしてしまい、そしてまた涙がでた。

time will tell 

大丈夫、時間がたって、宇多田ヒカルが何かを実感したら、また帰ってくる。

そう確信した瞬間だった。



映画館を出た後、外にでて寒風に吹かれながら、一粒の涙が頬を伝った。

その涙は、とても温かった。その温かさが僕にとって、宇多田ヒカルがどういう存在なのかということを示していた。

そう、それは、僕にとって、宇多田ヒカルは、かけがえのない存在だということを、示していたのだ。
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