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ショートストーリー「光の呼吸」

「やみくもに走ったって仕方がないよ」と彼女は言った。
僕は、新宿を走っていた。猛烈なスピードで。肌にまとわりつくのは空を切る風ばかり。心臓が高鳴る。呼吸が荒くなる。ビルの屋上へと足をいざなう。そこに広がっているのはビル群だった。太陽の光を反射しているビル群だ。その光を呼吸とともに僕は吸い上げた。息が熱くなる。光に包まれた酸素を吸い、血に塗れた二酸化炭素を吐き出す。

どうやら僕は走りすぎたようだ。何かが生まれたわけではない。

食べ物がある。そこにひとつの丸い食べ物があった。それをつかみ、貪り食おうと必死に呼吸を荒げて走り続ける抵抗軍がいる。僕という存在に対する抵抗軍だ。

彼女は言った。「あの抵抗軍も同じ呼吸を今はしているの」と。しかし、僕はもっと熱い呼吸をしていると訴えた。熱く、血に塗れた呼吸だ。しかし彼女は僕の主張を鼻で笑い、
「でもあなたは、あんなにおいしい食べ物なのに、まずいまずいといって、自ら吐き出しているのよ」と言った。

そもそも僕はその食べ物に手をつけていない。僕には彼女の言い分が理解できず、怒りにまかせて彼女を殺した。

僕は走り続けた。新宿の街を走り続ける。電化製品をたたき売りする量販店を横切り、ベストセラーをあらん限り並べている書店を横切り、下半身に熱さをにじませる若者たちの間を横切り、そのまま僕は熱を吸い、血を吐きながら走り続けた。

そこにあるのは太陽だった。太陽だけが僕の味方だった。焼き尽くす。すべてを焼き尽くす力がそこにはあるというのに、彼は浮いて光を発しているだけだった。

灼熱の業火で作られた太陽とともに、この世界を焼き尽くす。僕は走った。それをつかむために走った。

しかし、走れども走れども、太陽には近づくことはできなかった。甘い蜜が目の前に広がる。僕はそれをあらん限りの力で無視した。抵抗軍が僕に向かって発した甘い蜜だった。

ふざけるな。僕は歯をくいしばった。血がほとばしる。口の中の唾液と血が混ざりあい、それはまるで処女の粘膜が切れた時のようだった。

きれいなモデルの広告が眼前に広がる。真紅のドレス、口紅、目、黄色い心。その広告の隅には痣のように茶色くにじんだ染みが滲んでいた。
僕は走り続けた。子供が笑っている。アイスクリームが僕のスポーツウェアにべっとりとつく。子供が泣く。母親がなにやらぼそぼそといっている。僕はおかまいなしに走り続ける。

抵抗軍がやってきた。四方から僕を取り囲もうとする。僕は飛んだ。とんだ。フォーミューラーが緑石を駆け走るときに生じる火花のように僕の全身から血が噴き出る。痛みはない。ただ、そこには熱さしかなかった。

駆け上がる。僕は、空を駆け上がる。抵抗軍がクラスター爆弾を地上から空に落とすように投下する。僕はそれを必死にかわしながら太陽へと駆け上がる。クラスター爆弾が爆発する。四方に爆弾が分散する。バチバチと火炎が僕を取り囲む。僕の体は粉々になる。血が、呼吸が、細胞が、神経が、記憶が、希望が、悔恨が意味を無くし、生命だけが光の呼吸をする。

僕は手を伸ばす。あらんかぎりの力で手を伸ばす。そこには大きな丸い光がある。

世界を燃やす、太陽だ。

(了)
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