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Justin Bieber(ジャスティン・ビーバー)「PURPOSE TOUR」 on 8/13・14 日本公演への感想

両日行ってきました!2日間のジャスティン・ビーバーの来日ライブ!

今回のライブは、昨年ジャスティンがリリースした快作アルバム「PURPOSE」を引っ提げたツアーの一環での日本公演。
会場は幕張メッセ1~3ホールという大舞台。かなりの収容人数だったと思うが、チケットは即日完売したということで、ジャスティン・ビーバーの人気がうかがい知れる。

ちょっと変な書き方をするが、ジャスティン・ビーバーはショーを行うパフォーマーとして、ポップスターとして、とても「ジェントルマン」だったということを伝えたい。本当にすばらしいショーだったので、いくつか書きたいと思う。

まず、両日ともライブがアナウンスされていた定刻にスタートした。びっくりするくらいほぼ時間ぴったりに。フェスでもないのに、だ。
これには驚いた。他の国での公演でも、もしかしたら彼は定刻開演に徹しているのかもしれないが、特に日本人は時間にうるさい。そこを踏まえて、しっかりと定刻でスタートさせるという文化に合わせてきたと言ってもいいのかもしれない。当たり前のようで、これはなかなかないことである。

会場が暗くなった瞬間、悲鳴のような歓声があがる。さすがは世界トップクラスのポップ・スターである。

映像演出でまずはスタートする。崩れ去る瓦礫とともに落ちていく一人の男の影。もちろん、それはジャスティン・ビーバー。どんどん自分というものが、「崩れていく」中、会場に響く音楽がボルテージをあげていく。

そして、いよいよ本格的に1曲目がスタートし、ジャスティン登場か!?というところで、崩れたはずの瓦礫が一気に上に戻ってきて「PURPOSE」という文字を形成。その直後にジャスティン・ビーバーが姿を現し、「PURPOSE」1曲目に収録されている感動的な「Mark My Words」がスタートする。それは、ジャスティン・ビーバーが再びミュージシャンとして「再生」し「新生」したことを告げるライブの始まりだった。完璧だ。

絶叫のような歓声が上がる中、ジャスティン・ビーバーはランウェイまで歩いてくる。ジャスティンがちょっと観客側に近づいたり動いたりするだけで、ギャー!という金切り声があがる。その観客の興奮がまた最高だった。

そのあとも、旧作の人気曲を織り交ぜながら「PURPOSE」に収録されている曲を中心に、ジャスティンはパフォーマンスを披露していく。「もうジャスティンいらないんじゃないの?(笑)」と思わず言いたくなるくらいの映像演出、数多くのすばらしいダンサーたち、そして重厚な演奏を終始行ってくれたバンドを率いて。

ライブで披露されるR&Bを基調とした1曲1曲が本当にかっこいい。「これは、まあふつう」といった曲、展開が一切ない。いかに彼がすごい「ポップ・スター」であるか、ばっちり証明していた。バンドのめちゃめちゃかっこいい演奏により、そんなソングスのもつカッコよさがさらに拡張されて、もう無敵だったといえる。

・・・と書いておきながら、ここで落とすようなことを書くが、彼はライブ中、ろくに歌っていない。ほとんど、いわゆる口パクである。まともに最初から最後まで歌った曲はおそらく中盤のアコギでの弾き語り3曲と、あと2~3曲くらいだったのではないだろうか。
ライブ終了後、ツイッターで観客の反応をみると「マジで、ジャスティンひどかった!ほっとんど口パクだったじゃん!客をなめすぎ!」というツイートがあったくらいだ。

ただ、ひとついえるのは彼がまともにしっかり歌っていたと思われる曲のパフォーマンスにおける、彼の歌唱は最高だった。のびやかな高音と美声が会場全体に突き抜けていた。特にアコギでの弾き語りの3曲における彼の美メロと美声にはメロメロになった。
おそらくちゃんと歌おうと思えば、彼は録音をながすことなく全曲歌いきることができたと思う。しかし彼はそれをしない。

正直、俺も初日はそれにとまどった。あまりにもジャスティンは歌わない。むしろ歌う場面だというのにマイクをそこらへんに放り投げて、ダンスに徹したり、客を煽ったりすることだけを行う場面も散見された。じゃあ、ダンスがすごく激しいかと言ったら、正直普通だ。「ジャスティン、ダンスはんっぱねぇ!」といえることは全くない。ポップスターという位置づけとしては・・・、うん、普通だった(笑)。

ただ一ついえることがあった。

なんか、ずっと、カッコいいのだ。

・・・いや、というかずっと「カッコつけている」のだ。

手を動かして客を煽っている場面、水を飲んでいる場面、ダンサーをねぎらうかのように手を取り合う場面、もちろんマイクをもって歌っている(歌っているようにみせる)場面においても、いちいちカッコよくみえるように動いているのだ。

カッコよくみえるのならば、音楽はバンド演奏と「録音」にまかせて、もはや口パクすらせずに、マイクを放り投げてダンスに徹する。
そんな「カッコつけ」がライブの最初から最後まで貫かれていたのだ。

ここで俺は、はっとした。彼がカッコつける姿をみるたびに、自然と俺もバンド演奏と彼の録音の歌声にどんどん乗せられていって、ボルテージがあがっていたのだ。もちろん女の子たちなんて、ジャスティンがカッコつければカッコつけるほど、ジャスティンにくぎづけになっていく。そして時折聴かせる彼の「生声」がこれまた会場を熱狂される歯車の一つとして「機能」していくのだ。

そんな彼の姿を2日間通して観て、俺は思った。彼は、あくまでみんながみていてカッコいいと、楽しいと思ってくれるステージをつくることに徹しているのだと。

そのために一番必要なのは、みんなが会場まで来てくれる最大の理由、つまり、ジャスティン・ビーバーという存在そのものを「カッコイイ」ものとして観客たちの目に焼き付けることだと。それこそが「ショー」を一番の成功に導くものになるということを、彼は受け入れたうえで、あえてマイクすらもたずに「カッコイイ」をつくっていくのだ。

繰り返しになるが、だから俺はそんな彼のことをポップスターとして「ジェントルマン」だといいたいのだ。

・・・最後の締めとして、これまた繰り返しになるが、そんな「カッコつけ」が成立する理由は、もちろん、曲がいいからだ。「PURPOSE」に収録されている曲は美しいメロディとノリノリのダンスミュージック、そして彼のR&Bへの愛に満ちている。そんな曲たちがあるからこそ、彼はカッコいいのだ。

本当に、すばらしいSHOWだった。

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これぞ最高傑作!!安室奈美恵のニューアルバム「_genic」を聴いた!

2015年上期もそろそろ終わり、下期に入ろうとしている6月10日、ついに安室奈美恵が2年ぶりのオリジナル・アルバム「_genic」をリリースした。

これは小室時代の安室奈美恵のアルバムを含めて、安室奈美恵の最高傑作である。

まず、ジャケットが最高傑作。鮮麗されたメタリックなカッティング・デジパックからみえる安室奈美恵の視線がとても危険だ。デジパックからブックレットをひっぱりだすと、安室奈美恵のフェイスが登場。おそろしく美しい(ちなみにアップ写真は俺が購入したCD+Blu-ray盤のもの。CD+DVD盤、CD盤それぞれが違うカッティング・デジパックとブックレット・ビジュアルになっている)。

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そして、要の音楽が最高傑作。今回は「リバイバル」がテーマとなっており、安室奈美恵の音楽のSTYLEを形成してきた「ジェニック=遺伝子」といえる80s、90sサウンドがふんだんにとりいれられている。

2013年にリリースされた「FEEL」において、現在のミュージックシーンのトレンドの潮流をつかみきった未来志向のダンス・ミュージックを、安室奈美恵は見事に彼女自身の「スタンダード」として確立した。

そんな強力な状態となった彼女のもとに、80s、90sサウンドである。これが、最強にならないはずがない。

「_genic」は、「リバイバル」ともいえるサウンドをfeatureすることで、安室奈美恵が新たなfutureを切り開いたアルバムなのだ。

さらに、ミュージックビデオが最高傑作。
DVDまたはブルーレイには新作ミュージックビデオが5曲収録されているのだが、これが、またすごい。
とある疑似体験ができるインタラクティブ・ビデオから、ワンテイクでとられたキュートなビデオ、そして、安室といったら、やっぱりダンス!すさまじいダンスをみせているミュージックビデオはもちろん、希望へとつながるすばらしい美しきメッセージがこめられたMVも収録されており、とにかく感動。

特に、ダンスが中心となっているFashionistaとStrangerという楽曲のミュージックビデオを見ている間は、涙と鼻水がぼろぼろでてきて、息の仕方がちょっとよくわからなくなった。大げさに書いていない。マジである(笑)

とにかく俺がいいたいことは、安室ちゃん 大好き!



今年であってハマって、そしてサマソニ2014で観たぞ!BANKS

クリックしたその瞬間、俺は完全にのみこまれた―たしか3月の半ばだったかと思うが、とある音楽ニュースサイトで、BANKSの新しいミュージックビデオがアップされたというニュースページをみつけて、そこに掲載されていた女性―BANKSのポートレートがあまりに美しかったので、音楽を聴く前から惚れた(笑)。そして、そのYoutubeにアップされたBANKSのBrainのミュージックビデオを再生した。

その瞬間、眼前にあった風景が黒く塗りつぶされた。静謐な暗闇に一粒の水滴が落ちて、暗闇が揺らぐ。その揺らぎの中から、そっと、しかしながら、まるで強力な磁石が押し寄せてくるかのような質量をもって現れた1人の女の声に、俺の皮膚、筋肉、骨、中枢神経から、血管の末端までが揺さぶられ、浸食されていった。それは、とても危険なようなものに思えた。しかし俺は、その浸食してくる、感情を発露していく女の声に、共鳴するビート音に、身をゆだねることを止められない。いや、「止めることをしてはいけない」という強迫観念にも似たそんな感覚に支配されたのだ。

そして、Brain以外の楽曲のミュージックビデオも去年からけっこうアップされているのがわかり、とにかくアップされているそれらを何度も再生した。そうしなければ絶対にいけない気がするほど、俺は、完全にBANKSの歌にやられたのだ。
 
BANKSはLA出身のミュージシャン。昨年、The Weekndのライブのサポートアクトに抜擢され、そこでその存在が話題となり口コミでどんどん知られていったようだ。誰もがそのBANKSの妖しい美しさと―ジャンルでいうならば、R&B、エレクトロミュージックを基盤とする―音楽にまいってしまったということだろう。

そんなBANKSが先日行われたサマーソニック2014に出演した。これが彼女にとっての初来日公演である。
俺は、本当にうれしかった。今年知り、そしてハマったその年の夏にいきなり彼女のパフォーマンスを観られるのだから。
ただ、正直不安もあった。ミュージックビデオでみせる彼女のもはや畏怖をも感じさせる存在感と音楽と歌唱は、本当に「生」でも成立するのか。本当にこのミュージックビデオ並みの、それ以上のものをみせてくれるのか・・・。そう思ってしまうくらい、とにかく完成度が高いBANKSのミュージックビデオだけが俺の彼女に対するイメージなわけで、場合によっては、かなり拍子抜け・・・なんてことがあったら、もうそれはかなりのショックを受けるだろう・・・とも思ってしまったのである。

観るまでは。

BANKSのステージは幕張メッセの中では一番大きいステージであるマウンテンステージで15時50分からのスタートだった。マウンテンステージは本当にデカい。まだファーストフルアルバムも出していないBANKSでこんなデカいところが絶対埋まることはない。しかし、そんなことはどうでもよかった。俺は、最前列を陣取ることに成功したのだ!もう、超うれしかったね。

15時50分、ほぼ時間ちょうどにBANKSはすべてが黒いコーディネートの服装で、颯爽と歩いて登場した。ステージが真っ白なカンバスだとしたら、瞬く間にカンバス全体を黒く塗りつぶしてしまう、一粒の黒い滴のような存在、漆黒の住人ともいうべき存在感を放つBANKSに俺の眼はたぐり寄せられる。ああ、間違いない。これは俺がミュージックビデオで感じていた、そしてずっと沈みつづけいたい存在であるBANKSだと確信し、俺は激情ともいうべき感激と共に登場した彼女に向かって拍手をした。

電子ビート音も操るドラムと、ギター&シンセの奏者2人とBANKSというシンプルなバンド構成。そのシンプルさゆえに、BANKSの歌声がステージ・パフォーマンスを決定づける。彼女の歌声は、生でも基盤がしっかりとした歌唱力とともに、声を震わせることによって、会場全体をのみこむような大きな波を放つ包容力のあるものであり、かつ浸透力のあるものだった。その歌声と確かなヘビーなビート音がシンクロして邪悪なまでの暴力ともいえる音楽を、オーディエンスの心臓に打ち付けてくる。
 
俺の不安はもうどこかわからない遥か彼方へといつの間にか消失していた。

まだフルアルバムをリリースしていないBANKSだが、EPやYotubeで公式にアップしているミュージックビデオ、リリックビデオをある程度聴いていれば演奏された音楽はほぼ全曲わかったと思う。俺は何度も聴いているから、わかった(笑)。BANKSに最初に出会った楽曲Brainもやってくれたし、Beggin For Threadもやった。

最後に演奏したのは、Waiting Gameという最もビート音がヘビーな楽曲だ。BANKSの楽曲のベースは―もちろん彼女の歌声が中心なわけだが―ヘビーなビート音にあるわけで、そのビート音が一番顕著に表れている楽曲がラストをかざったというのは、BANKSの音楽性を観客に決定づけるものにしたといえるだろう。

BANKSはパフォーマンスを終了して、登場してきたときの同じように颯爽と帰っていった。ちょっと笑顔をみせて。
MCのときも、笑顔であいさつしていたのには驚いた。あれ?この人、笑えるのか!なんて思ったくらいだ(笑)。ライブならではのキュートな一面も観ることができたのもまたよかった。
また、来日しないかな。いや、自分から行こうかな。そうまでもして、またBANKSのライブは観たいと思った。

ちなみにBANKSのファーストフルアルバムは、9月9日に発売予定である。これは、見逃せない!ぜひみなさんにも、BANKSが創り上げる、漆黒の世界へと落ちてほしい。






宇多田ヒカルのWILD LIFE(12月8日)映画館のライブビューイングの感想

昨日、12月8日、宇多田ヒカルの横浜アリーナでのライブが、映画館やUstreamで同時生中継でヴューイングできた。僕は、映画館に足を運んで観た。

映画館で観る生中継ライブってどんなものなの?途中でバチッとかいってとぎれたりしない?と不安だったのだが、すばらしい生中継ライブをやってくれた。すばらしいカメラワークだった。宇多田ヒカルの表情、演奏者の演奏、楽器なども鮮明に見せてくれた。

横浜アリーナの真ん中にステージがあった。観客に宇多田ヒカルが囲まれている、いや、包まれているようなステージセットだった。

会場がくらくなって、くまちゃんの映像がながれたあと、Goodbye Happinessが一曲目で披露された。
その瞬間涙が自然と流れた。なぜかはわからない。ただ、流れたのである。

その後も、宇多田ヒカルは、カバー曲も含めて、自身でつくった代表的な楽曲を中心に演奏していく。カラーズもやったし、AutomaticもFirst LoveもBeautiful Worldも、travelingも、そしてぼくはくまも。とにかく誰もが一度は聴いたことがあるであろう大ヒット曲の演奏の連発に息をのんだ。

ライブでの演奏のアレンジ、宇多田ヒカルの歌唱、ステージの見せ方、そして曲自体が持つ強さなど、ありとあらゆるものが圧巻だった。そして宇多田ヒカルの歌声は、実際に横浜アリーナにいた人、劇場やUstreamで観た人の胸に届いただろう。


アンコール前の最後の一曲の前、その曲に関することをMCで宇多田ヒカルは述べた。

「人って、いろいろな人がいて、いらいらしたり、おこったり、もちろん愛し合ったりするわけだけど、そういう感情って、生きている人間、みんな同じなんじゃないかなぁ・・・って思って、書いた曲を最後に歌いたいと思います」

そういって、最後に披露された曲は、僕が21年間生きてきた中で聴いたアルバムの中でも3本の指にはいる最高のポップアルバム「HEART STATION」の最後の曲として収録されている、「虹色バス」だった。

この曲は、上記の宇多田ヒカルのメッセージが英語で歌われている。

Everybody feel the same

宇多田ヒカルは、「みんな感情は同じものを感じているんだよ」と歌う。何度もコーラスが入る歌詞だ。しかし、この曲の歌詞で、Everybody feel the sameと共に最後に歌われている訴えがある。

それが、「誰もいない世界へ私をつれていって」という訴えである。

みんな抱く感情は同じ。しかし、宇多田ヒカルは、そう思っていても、「自分で実感」がずっとできていなかったのではないか。もちろん、一般人が、それを実感しているとはいえないし、僕たちだって、そんなことはわからないし、そんなことで悩まないだろう。しかし、宇多田ヒカルは、それを実感として自分が感じられていないことを苦しんでいたと僕は思っている。

だから、宇多田ヒカルの曲は、ほとんど LOVE についての曲なのだと思う。

宇多田ヒカルの歌詞には、とにかくLOVEという単語がでることが多い。もちろん、それは男女の関係においてのLOVEについて歌われているのだが、その宇多田ヒカルの歌うLOVEに僕は「リアリティ」を感じることがいつもできない。

もちろん、宇多田ヒカルは、恋愛もしただろうし、一度結婚の経験だってある。しかし、15歳かそこらでデビューし、最初に出したアルバムが700万枚以上も売れて、もはや、自分という存在が、手に負えなくなってしまったのではないか。いわゆる「ふつうの生活」ができなくなったのだ。

レコード会社などの企業たちにちやほやされつづけ、自分の得意な「音楽」だけをひたすら作り続けて、歌手としての宇多田ヒカルでずっとあり続けていた。そんな環境の中から、おそらく宇多田ヒカル本人の中で、「愛」というものが見つからなかったのかもしれない。

だから、求めた。LOVEを求め続けた。自分が生きていて周りがやらせてくれる唯一のもの「音楽・歌」を通して。

でも、結局わからなかったし、みつからなかったのだろう。

おそらく、今回のライブでも演奏されたテイク5という曲がその宇多田ヒカルの心境を表していると思う。

「絶望も希望もない空のように透き通っていたい」

LOVE、それは、絶望も生むし、希望も生むもの。でも、そんなものを求めなくてもいい、そんな世界に行きたい。

-だれもいない世界へ私をつれていって-

このテイク5も、宇多田ヒカル名義で休止前に発表した「HEART STATION」の歌である。

結局、宇多田ヒカルは、自身の「心がたどりつくべき場所(駅)」を誰もいない世界に求めたのだ。

しかし、そんな世界はどこにもない。

だったら、そんな世界を自分で手に入れるしかない。

だから、宇多田ヒカルは、音楽活動を一度休止して、「人間活動」に専念したいといったのだろう。

LOVEが「実感」できる、リアリティのある、世界を手に入れるために。

宇多田ヒカルが音楽活動を一度休止すると発表したとき、僕はかなりショックだったが、HEART STATIONを聴くと、この宇多田ヒカルの決心は必然なことだと思う。

宇多田ヒカルは、そんな自身の歌を昨日のライブで、堂々と、とても楽しそうに、誇らしげに歌っていた。その姿は、リアリティあふれる、LOVEに満ちた姿だった。

アンコールでの最後の曲は、宇多田ヒカルのデビューしたときの最初の曲
time will tellだった。初心に帰るってことでこの曲にしたらしい。それは、新たな一歩を踏み出すための宇多田ヒカルの観客への決意の表明だった。

歌い終わった後、宇多田ヒカルは観客に答えながらゆっくりと退場の道を進んだ。笑顔だった。とてもかわいい宇多田ヒカルがそこにはいた。

退場口の前で、宇多田ヒカルは深々と頭を下げた。しっかりと地に足をつけて。

そんな宇多田ヒカルの姿をみて、僕はなぜかほっとしてしまい、そしてまた涙がでた。

time will tell 

大丈夫、時間がたって、宇多田ヒカルが何かを実感したら、また帰ってくる。

そう確信した瞬間だった。



映画館を出た後、外にでて寒風に吹かれながら、一粒の涙が頬を伝った。

その涙は、とても温かった。その温かさが僕にとって、宇多田ヒカルがどういう存在なのかということを示していた。

そう、それは、僕にとって、宇多田ヒカルは、かけがえのない存在だということを、示していたのだ。
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