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ショートストーリー「ちんちん」

アスファルトが熱い。あまりに暑くて少し唸ると、か弱き俺の雇い主がいちいち反応し、「どうしたの?タマ!暑いの?そうだよねぇ!本当に今年の夏は暑いねぇ」なんて言葉を発した。だったら、なぜ俺の首を無理やり縛り上げ、俺の肉球を焦がすような灼熱のアスファルトの上を歩かせるのか、ああ、早く雇い主の、クーラーとやらが効いたお家に戻り、クンクンいっていれば、勝手に出してくれる飯にありつきたいものだ!

「タマ!今日は、暑いから、いつもの散歩コースより短いコースにするね。ごめんね」ああ、そうしてくれ、か弱き俺の雇い主!もう、今すぐにでも家に帰ろう!と俺が喚くと、それは雇い主には『キャン!キャン!』としか聞こえないらしく、雇い主は、「そんなに散歩したいの?でも、ごめんねぇ。耐えられないの、この熱さには、タマもそうでしょ?そうだよね!」なんて、勝手に自分で合点しやがって!あと、毎回思っているのだが、「タマ」なんてありきたりでくだらない名前で俺を呼ぶのはやめてほしいものだ!もっと、カッコいいクールな名前を付けられないのか。まったく、人間というものは身勝手なものである。いったいどこでならったのか知らないが、楽しくもない景色を永遠とまわり続ける決まりきったルートの散歩、俺の頭をなでたり、俺の頬に頬を擦り付けたりする行為、したくもないお手、おすわり、ちんちん(これらは、俺を従順な存在にするためのくだらない訓練なのである。そして、雇い主のこれらのような要求にしっかりこたえると、従順ね!よくできました!と俺をほめたたえ、報酬として、飯をくれるのだ!単に、飯を得るための、演技だとは、知らずに!!)などなど、これらのような人間の行為、また俺への要求は、俺をよりよい「ペット」とやらにするのに必要不可欠らしいのだ!全くばかげている。くだらないし、苦しい。雇い主に限らず、いちいち俺のことを「かわいい!かわいい!」と群がってくる人間に対して、愛着を持たれるようなしぐさをしなければならないし(これも飯を得るための演技だ)、そうだ、無理やり「たかーい!たかーい!」といって俺の体を宙に浮かせるときに感じる、雇い主の指圧の痛みに耐えなければならないし(雇い主は、このたかーいたかーいが大好きなのである)、糞はいちいち決まったところで済ませなければならないし、眠たくても、ぬいぐるみのようにおもちゃにされ、寝られないことは毎日のことだし、特に先ほど申した「ちんちん」という芸当をやらされるときの、その「ちんちん」というのが、人間の男の汚らしい生殖器を指す言葉にも使われるというのを知って以来、それは恥辱以外の何物でもなくなった。
 しかし、俺は雇い主、その他の人間が俺に要求するすべてにしっかりと答えてきた。そうすることによって、はじめておいしい飯にありつけるからである。しかも、要求以上のパフォーマンスをすると、ご褒美のフルーツまでくれるのである!飯だけではない。雇い主に守られ、その雇い主の住む家の一部を定住の場所として提供され、俺の飯の資金を雇い主に提供してくれる親の存在という、いわゆる「安定」と「保障」(物質的なものともいえ、精神的なものともいえる)というものもついてくるのだ!
 だからこそ、俺が先ほどから言っている人間への「奉仕」も我慢してできるのだ。そんな環境を得ることができた俺は、勝ち組である。そう強く改めて感じたのだ。というのは、いつもの散歩コースとは違うルートの中で、野良犬が集う空地を横切ったからである。そいつらは、汚らしい毛を逆立て、どこからあさってきたのか、人間がごみ袋にいれて捨てたまずそうな腐りかけの残飯を貪り食っていたのである。ああ、いやだ、いやだ。そんなのばかり食べていたら、病気になりそうだ。安定も保障もしっかりした飯も享受できない汚らしい野良犬たち!そいつらをみて、「ちんちん」みたいな恥辱に耐えるくらいで、飯を食えるなんて、なんて俺は幸せものなのだ!と思ったのである。俺がその空地を横切るとき、2、3匹の野良犬たちが羨望の目でこちらを見ていた。そんな目で見るな!きもちわるい!・・・お前たちがもっと魅力的にふるまえば、誰かしら、お前らを拾ってくれる愚かな人間が現れるかもしれないのにな!あっはははは!!
そして、俺と、か弱き俺の雇い主は、クーラーの効いた家の中にはいり、俺は「かわいい」奉仕をして、雇い主は俺に飯を提供する。



「おい、みろよ。今じゃあ、『タマ』とか呼ばれている昔の俺らの同胞が首輪につながれ、あのかわいい女の子と散歩をしているぞ」と空地の野良犬のボスがいった。
「本当ですね、兄貴。しっかし、あいつもずいぶんきれいなからだになっちゃって」と仲間の1匹が行った。
「しっかし、この空地の中にいっぱいいる俺たち野良犬の中から、あの女の子があいつだけを拾った理由ってなんでしょうね?兄貴」と別の仲間の1匹がいった。
ボスは答えた。
「とにかく元気があるアピールをし、目をキラキラ無理やり輝かせて、普段俺たちが聞いたことがないような、かわいらしい『クーン、クーン』声をだし、人間のいう『ちんちん』という名の芸当を見事に行ったおかげだろう。おっと、あの男は、だれだ?この空地にくるぞ?もしかして、俺たちの中から、何匹か拾ってくれるかもしれないぜ。たしかに、俺たちは、今は首輪にもつながれていなくて、楽だけどよ、安定はねぇし、飯は残飯ばっかりでまずいったらありゃしない。やっぱり、うまい飯を食いたいし、安定した住まいが俺もほしいからな。いっちょ、タマちゃんみたいに、演ってみるか」
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ショートストーリー「真(まこと)の遺書」


あるところに偏屈で我儘で人をいじめるのが大好きな大手商社勤めの幹部クラスの男がいました。男は、何事も自分の思い通りにならなければ気が済まなく、仕事のやり方、顔、しぐさ、髪型、スーツの色など、とにかく自分が少しでも気に入らないもの、ことを持っていたり、していたりする社員がいたら、無理やりそれを直させたり、いじめたり、他の社員よりも多くの仕事を与えたり、意味もなく叱責したりして、部下を我が物顔で扱っていました。
この男は、家庭ももっていました。家庭でも同じようにふるまっていました。妻が少しでも、この男の気に入らないことをしたり、料理を作ったりすると、いつも頬を思いっきりたたいて、やはり直させたり、料理を作り直させたりするのでした。この男には子供もいました。子供にも、しつけだ、ということで、やはり少しでも男の気に入らないことをしたら、思いっきり頬をたたくのでした。子供は、いわば自分が製造している機械だと男はどこかで思っていました。商社では普段できない「製造業」を家でしている気分だったのです。

そんな男は、ある日調理された毒キノコをたべてしまい、あっけなく死んでしまいました。


大手商社の重役であったため、男の葬儀には数多くの社員が押しかけてきました。

妻が葬儀に集まった社員や親族たちに挨拶をするために、マイクスタンドの前にたちました。

「皆様、今日はこんな我儘で横柄で暴力でしか物事の解決方法をしらないような、デブで禿で、妖怪みたいな顔をしていた夫のためにお集まりして下さり、誠にありがとうございます。夫は、自分に万が一のことがあったときのために遺書を残しておりました。読み上げます。

『私が死んだら、死んだ世界で寂しくならないように棺桶の中には、私の好物のソーセージ、村上龍の小説、オアシスのアルバムすべて、甘いお菓子、エロ本10冊ほどをいれておけ。それから私が書いていた日記と、私が稼いだお金を入れておけ』

このように書いてあったのですが、私たち親族は、ソーセージのかわりに男性性器をかたどったゴムのおもちゃ、彼が大嫌いな村上春樹の小説、ブラーのアルバム、辛いお菓子、それからBL本10冊をいれました。それから、彼の日記、そして彼の稼いだお金をあらかじめ燃やして、そこから生じた灰を彼の身体全体にまき散らしておきました。

お集まりしてくださった皆様にお願いがございます。灰はちょっと風が吹くだけでぶわっと舞い上がってしまいます。舞い上がらないように、どうか皆様、夫の死体に覆いかぶさっている灰にむかって、唾をとばしてください。そうすれば、きっと灰は風でとばなくなるでしょう。

お忙しい中大変恐縮ですが、どうかご協力ください。改めまして皆様今日はお集まりして下さり、誠にありがとうございました」

集まっていた社員や親族はみんな拍手をし、皆ありったけの力で、幸せそうな顔、怒りに狂った顔、安堵の顔を浮かべながら男に覆いかぶさっている灰に向かって唾を吐きました。

唾を吐き終えた社員たちは、別の葬儀場に足を運びました。

実は、同じ日に、この男と同じポジションにいた別の幹部の男の葬儀も行われることになっていたのです。

その男は、皆に優しく、いつも社員たちを気づかい、アドバイスやフォローをしてくれ、社員のモチベーションをあげる努力をし、信頼し合える関係を築き上げている男でした。いつも他人を思いやる男でした。この男にも家庭がありました。妻の作った料理やすることに何一つ文句を言うことはありませんでした。とにかく妻を信頼していました。とても優しく凛々しいその男のために、妻はその男の信頼にいつも答えようと努力していました。それが、妻の幸せでした。この男にも子供がいました。男は子供にもとても優しく接しました。時にはしっかりと怒ることもありましたが、それはとても愛情に満ちたものでした。とても大切に、たいせつに子供を育て、家族を守っていました。

そんな男はある日、不慮の事故で死んでしまいました。突然の訃報に皆驚き、悲しみました。

妻が葬儀に集まった社員や親族たちに挨拶をするために、マイクスタンドの前にたちました。


「皆様、今日は、夫のためにお集まりして下さり誠にありがとうございます。皆様に支えられていたからこそ、夫は会社で頑張って仕事をできていたのだと思います。どんなに感謝の言葉を申しましても足りません。夫はとても優しい方でした。いつも私たちのことを考えて接してくれていました。私は、こんなに素敵な夫と共に過ごせたことをとても幸せに思っています。

夫は、万が一自分に何かがあったときのために遺書を書いておりました。読み上げます。

『私にもしものことがあったら、私の全財産は、もちろん家族のもとへ。そして、会社の社員に、ありがとうと伝えてください。私は、いつも幸せです』

皆様がご多忙だとはご承知の上でお願いがございます。どうか夫の顔をみてやってください。とても、幸せそうに笑っておられます。その笑顔は、彼の人生そのものです。私の人生そのものです」

社員たちは涙しながら、男の顔をみては、合掌をしていきました。

すべての社員たちが、合掌を終えたあと、代表者として一人の社員が、なにやら重たそうな木箱をもって、妻の前に立ちました。

「奥様、本当に私たちはあなたのご主人に感謝しています。本当にすばらしいお方でした。この方なしでは、私たちはここまで仕事を頑張っていけなかったと思います。ご迷惑でなければ、ご主人の棺にこの木箱の中に入っているものをいれていただけませんか?僕達の精一杯の感謝の気持ちです」

妻は涙しながら感謝しました。「ありがとうございます。中身をみてもよろしいですか?」

代表者の社員は木箱を開けながら言いました。

「ここに入っているのは、ご覧のとおり、先輩が大好きだった、ソーセージ、村上龍の小説、オアシスのアルバム、甘いお菓子、そして、彼のデスクに飾られてあった、どこかの公園で奥様と子供と先輩が一緒に笑顔で写っておられるお写真です。少しでも、先輩が天国で寂しくならないようにと私たちで用意しました。どうかお納めください」

ショートストーリー「セブン」

タモツは、自身の朝のある行為を今更ながら後悔することになった。母の東子が安売りしていたからと大量に購入した1.5ℓのコーラの一本の半分を朝っぱらからラッパ飲みしたせいで、1時間目の国語の今の時間に、多大なる尿意、便意に襲われていたからである。

タモツは悩んだ。一刻もはやくトイレにいってうんこをしたい。しかし、この小学校、それも低学年生の集団生活において、「学校のトイレでうんこをする」という行為によってその後どれだけ多くの同級生から、からかわれることになるか。それを考えるだけで、鳥肌がたった。しかも裏掲示板に、「タモツ、学校のトイレでうんこしたよwwあいつのウンコまじくせぇ」なんて書かれたら、一巻の終わりである。タモツはしばらくの間、「うんこマン」というレッテルを貼られて毎日を過ごすことになってしまう。

しかし、教室で、万が一、うんこをもらしたらもっとひどいことになるだろう。だが、今は授業中。どうすればいいか、タモツは考えた。そして、先生に「先生、具合が悪いので、保健室にいっていいですか?」といって、うまく教室を抜け出し、トイレに駆け込めば問題ないのではないだろうかという考えにいたった。授業中ならば、だれもトイレにはいないだろうし・・・。よし!そうしよう!タモツは自身の保身と便意からの解放のために、先生に嘘をつくことを決意した。

「先生、あの・・・・」意を決してタモツは手をあげて、先生を呼んだ。すると、いつもいろいろな生徒にちょっかいをだすような奴はクラスに一人はいるもので、そんなキャラのワタルが「お!?お前、ウンコしたくなったとか?やめろよぉくさくってトイレいけなくなるよぉ」なんて大声でいったものだから、教室にいる男子がどっと笑いだした。

もちろん、ワタルはただ単に笑いがとりたくてそんなことをいったわけで、タモツが本当にトイレにいって、うんこをしたいということを見抜いているわけではない。

先生は「ちょっと、ワタルくん。そうやって人をからかうのをやめなさい。で、タモツくん?なに、本当にトイレに行きたくなったの?」とタモツに尋ねた。

タモツは、すこし躊躇したが、「い・・いや、トイレじゃなくて、具合が悪くなったので、ちょっと保健室にいっていいですか?」と先生に、わざと弱弱しく声を発して頼んでみた。

すると先生は「あと10分で授業がおわるから、それまで我慢できないかしら?みたところ、顔色もよさそうだし」と、予想だにしないことをタモツに言ったのである。しかし、ここで、タモツはまずかった。

「・・・は、はい。わかりました」タモツは思わず、承諾してしまったのである。
一分一秒たりとも予断をゆるさないタモツの便意はひどくなるばかりであった。
タモツの顔はいよいよ紅潮してきた。タモツは東子を恨んだ。いくら、安くて、それもいっぺんに買ったほうがさらに安くなって、お得だからって、あんなに大量にコーラを買ってこなくてもいいじゃないか・・・・

しかも、タモツのことを教室の誰も気遣わなかった。タモツが、保健室に行きたいと、嘘であったとしても、発言し、しかも彼の頬が紅潮しているというのに、だ。タモツの隣の席の女の子はちらっと心配した素振りをみせたが、結局なにもいわずに、黒板に書かれたことを一生懸命ノートにとることを優先した。タモツは、そんなクラスメイトたちの態度を恨んだ。ただ食物・飲料を摂取し、エネルギーを得た代償として、いらなくなったものを外に排出しなければ、循環しないという人間の身体の構造を恨んだ。そして、なによりも、「学校でうんこをしたら恥ずかしい思いをし、からかわれるような事態になる」という小学校特有の空気を恨んだ。

そうこう考えているうちに、タモツの我慢はいよいよ限界にきた。もう、だめだ。タモツはその場で立ち上がり、一目散にトイレにかけこもうとした。しかし、時すでに遅し。本当に限界に達していたのである。タモツは席を立った瞬間、膀胱が刺激され、まずは小便をもらしてしまい、その勢いで大便ももらしてしまったのである。

教室は騒然とした。タモツの席付近は水びだしとなり、さらに、直接目にはみえないが、タモツのパンツの内側にはうんこが放出されたわけで、教室に臭いが充満したのである。

教室から逃げ出す生徒、ただびっくりしてタモツをじっとみている生徒、ケラケラ笑いながら携帯でタモツの醜態の写真を撮っている生徒、すぐに雑巾をとりだす生徒と、様々な生徒の反応がそこにはあった。

タモツは泣いた。己の情けなさに泣いた。こんなことなら、初めからトイレにいっとけばよかった。「うんこマン」といわれ、からかわれるほうが、全然ましだった。正直に、先生にトイレに行きたいと一言いえば、事態はぜんぜん違うものになった。いや、そもそも朝から、あんなに、コーラをがぶ飲みしなければよかった。タモツは後悔し、結局、自分自身を一番恨んだ。

ショートストーリー「光の呼吸」

「やみくもに走ったって仕方がないよ」と彼女は言った。
僕は、新宿を走っていた。猛烈なスピードで。肌にまとわりつくのは空を切る風ばかり。心臓が高鳴る。呼吸が荒くなる。ビルの屋上へと足をいざなう。そこに広がっているのはビル群だった。太陽の光を反射しているビル群だ。その光を呼吸とともに僕は吸い上げた。息が熱くなる。光に包まれた酸素を吸い、血に塗れた二酸化炭素を吐き出す。

どうやら僕は走りすぎたようだ。何かが生まれたわけではない。

食べ物がある。そこにひとつの丸い食べ物があった。それをつかみ、貪り食おうと必死に呼吸を荒げて走り続ける抵抗軍がいる。僕という存在に対する抵抗軍だ。

彼女は言った。「あの抵抗軍も同じ呼吸を今はしているの」と。しかし、僕はもっと熱い呼吸をしていると訴えた。熱く、血に塗れた呼吸だ。しかし彼女は僕の主張を鼻で笑い、
「でもあなたは、あんなにおいしい食べ物なのに、まずいまずいといって、自ら吐き出しているのよ」と言った。

そもそも僕はその食べ物に手をつけていない。僕には彼女の言い分が理解できず、怒りにまかせて彼女を殺した。

僕は走り続けた。新宿の街を走り続ける。電化製品をたたき売りする量販店を横切り、ベストセラーをあらん限り並べている書店を横切り、下半身に熱さをにじませる若者たちの間を横切り、そのまま僕は熱を吸い、血を吐きながら走り続けた。

そこにあるのは太陽だった。太陽だけが僕の味方だった。焼き尽くす。すべてを焼き尽くす力がそこにはあるというのに、彼は浮いて光を発しているだけだった。

灼熱の業火で作られた太陽とともに、この世界を焼き尽くす。僕は走った。それをつかむために走った。

しかし、走れども走れども、太陽には近づくことはできなかった。甘い蜜が目の前に広がる。僕はそれをあらん限りの力で無視した。抵抗軍が僕に向かって発した甘い蜜だった。

ふざけるな。僕は歯をくいしばった。血がほとばしる。口の中の唾液と血が混ざりあい、それはまるで処女の粘膜が切れた時のようだった。

きれいなモデルの広告が眼前に広がる。真紅のドレス、口紅、目、黄色い心。その広告の隅には痣のように茶色くにじんだ染みが滲んでいた。
僕は走り続けた。子供が笑っている。アイスクリームが僕のスポーツウェアにべっとりとつく。子供が泣く。母親がなにやらぼそぼそといっている。僕はおかまいなしに走り続ける。

抵抗軍がやってきた。四方から僕を取り囲もうとする。僕は飛んだ。とんだ。フォーミューラーが緑石を駆け走るときに生じる火花のように僕の全身から血が噴き出る。痛みはない。ただ、そこには熱さしかなかった。

駆け上がる。僕は、空を駆け上がる。抵抗軍がクラスター爆弾を地上から空に落とすように投下する。僕はそれを必死にかわしながら太陽へと駆け上がる。クラスター爆弾が爆発する。四方に爆弾が分散する。バチバチと火炎が僕を取り囲む。僕の体は粉々になる。血が、呼吸が、細胞が、神経が、記憶が、希望が、悔恨が意味を無くし、生命だけが光の呼吸をする。

僕は手を伸ばす。あらんかぎりの力で手を伸ばす。そこには大きな丸い光がある。

世界を燃やす、太陽だ。

(了)

「無邪気の消失」

「無邪気の消失」著GUEST OF SPACE

―ピーンポーン―

そうだ、この瞬間だ。この瞬間こそ、俺の待ちわびた合図だ。

「はーい、どなた~」油のシミがところどころに見受けられる黄色いエプロンをつけた子小太りの中年ババアがでてきた。特に何も特技がなく、何となくバラエティ番組をみてゲラゲラ笑うだけが能の、おそらく何十年もセックスレスにちがいない風貌だ。クソババアめ。

「もう、なによ!」と言って元々プリプリしているシミだらけの肌をさらに醜くプリプリさせて、家の中に戻っていった。

っふ。やはりババアの怒った顔ほど、傑作なものはない。今日もクールに大成功だ。
俺は何事もなかったかのように、物陰からでて岐路につく。

もう、俺は自分の住む街の中ではやりつくした気がする。

俺の、クールでスイートなピンポンダッシュを。

俺は、ピンポンダッシュのプロフェッショナルだ。26年間、ノーミスでピンポンダッシュを成功させているのだから、プロといわずに何といえようか。

狙い時は、夜7時。まだ夫も帰っていない時間帯であり、妻が一人でいるような頃合いである。大抵、この時間帯からくだらなくて実のないバラエティ番組がはじまり、主婦は食事の支度を一通り終えた後、惰性のストレスをそのナンセンスな番組をみて、笑ってぶちまけるのであって、そんな解放されているときに、ピンポーンなんてインターンホンがなったら、それだけでイライラするってのに、当のピンポーンをした人間がいないのだから、それはそれは腹がたつに違いない。その瞬間の中年のババアの顔ほど傑作なものはない。元々世の外に見せられるような顔の造形をしていないというのに、眉間にしわを寄せ、もともとクシャクシャな肌がさらにクシャクシャになり、シミがいろいろな島国となって浮かんでくるのだ。その様ほど笑えるものはない。

俺は、そんな様子を見たいがために、クソガキのように走って逃げないで、例えば自動車の物陰にひょいっと隠れて、そんなクソババアのクソフェイスを見物するのである。

ああ、なんて、俺はクールなピンポンダッシャーなのだろう。俺ほど完璧に、ピンポンダッシュの髄まで楽しめるような奴は世の中にはいない。ただ、やはり限界はある。俺の住む街では、もう飽和状態だ。やりすぎた。そろそろまずい。クールな俺は見切りの付け方も完璧だ。そろそろ、他の街でやることにしよう。

というわけで、次の日から、俺の住むアパートの最寄り駅の一駅前で降りて、クールなクールなピンポンダッシュを遂行することにしようと計画を立てた。

次の日、くだらない営業の仕事をクールに終え、人の体温やら吐息がグチャグチャになっている満員電車に揺られ、一駅前の駅で降りた。

さあ、スタートだ、俺のクールなピンポンダッシュの新章が幕を開けるぜ!

ピーンポーン。ピーンポーン。ピーンポーン。ピーンポーン・・・・・。

さっそく10件ほどその場で決めたターゲットにした家々でクールにピンポンダッシュを成功させた。ちょろい。ちょろすぎる。いやあ、クールだ!俺は、なんてクールなんだ!!

さて、もう疲れたし、クールに帰るかと駅に戻ろうとしたときである。左斜め48.5度前方に、俺のクールな眼を釘づけにする表札がインターホンの上に付けられている家を見つけたのである。

―この家のインターホンで、ピンポンダッシュを成功させた人に百万円プレゼント!―

・・・これは、一体どういうことだ?ピンポンダッシュを成功させたら、百万円?
かなり、怪しい。とてつもなく怪しい。だいたい、ピンポンダッシュを成功させるということは、その家の奴にピンポンダッシュをやった奴の存在は知られないことになるから、百万円なんて渡せないじゃないか。この家主は馬鹿にちがいない。

しかし、26年間ノーミスでピンポンダッシュを成功させた俺のプライドの血が騒ぐ。

クールなピンポンダッシャー!俺!

さすがに、クールな俺も緊張した。失敗は許されない。その家の様子を見ながら隠れられる場所を探す。それは、すぐに見つかった。向かい側の家の車庫が開いている。そこにすぐに隠れれば問題はない。イメージする。俺のいつもの可憐でクールなピンポンダッシュの姿を、細かくイメージする。

どうイメージしても、成功の二文字以外は俺の中には浮かばない。

いざ!クールに、百万円、いただきまーす!!

―ピーンポーン―

よし!さて、クールに向かいの車庫に隠れよう!と思った瞬間、異変が起きた。

俺の指が、そのインターホンの中に吸い込まれているのである。

な、な、な、なんだってんだ!!俺のクールな人差し指が、吸い込まれていく。俺の、クールな26年間の結晶である人差し指が、どんどん吸い込まれていく。はずそうとしてもはずれない。どんどん吸い込まれていく!

ちきしょう!なんだってんだ!やがて、変な機械音がしはじめた。

ウイーーーン!!ガガガガガガガ!!!

「あああああああ!!!!お、お、俺の指が~~~~!!!!!!!!」

吸い込まれた人差し指が俺の手からぶった切られた!!

血がドロドロでている。

「うああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

俺は、とりあえず、イメージした通り、向かい側の車庫に隠れる。

な、なんだってんだ!!一体なんだってんだ!成功じゃないのか?・・・なんで、俺はあのインターホンを押しちまったんだ!だいたいおかしいじゃないか、ピンポンダッシュで百万円なんて夢物語じゃないか!

だが、俺の人差し指は現実にぶった切られたのである!俺は混乱した。

そんな時、ランドセルを背負ったクソガキ二人がこちらに歩いてきた。
そして、そのうちの一人が、そのインターホンの存在に気がついたのである。
「おい!みろよ!ピンポンダッシュを成功させたら百万円だって!」
「本当に!すげぇ!DS買えるぜ!DS」
「DSもPSPもPS3もXBOX360も、なんでも買えるぜ!」
「おっしゃあ!やろうぜ!やろうぜ!」
「おう!」

最初に気がついたクソガキがインターホンに指を近づける。

俺は、危ない!と言おうとしたが、

ピーンポーン!

・・・時すでに遅し・・・と思ったら、そのクソガキどもは、押した瞬間、一気に走ってその場から逃げた!

・・・どうやら何事もなかったらしい・・・・。・・・ということは、あいつらは成功したってことになるのか・・・・?

ガキどもが戻ってくる。
「これで百万円だぜ!いえい!」
「そうだな!DSDS!」

すると、家の中から、くたびれた袴をはおった老人がでてきて、だまってそのガキどもに札束を渡した。

「やったー!DSDS!」
「やったー!アイマスアイマス!」
ガキどもは喜んで帰って行った。

・・・・なっとくいかねぇ!

その老人が家にもどろうとした瞬間に俺は車庫から飛び出して、「てめぇ!俺にも百万円よこせよ!」というと、老人は、「お前は失敗した。そんなピンポンダッシュの失敗作などいらんのじゃ。だから、わしは親切心でお前の指をぶち切ってやったのじゃ」

「おい!てめぇ!いったいどういうことなんだ!ああ!なんでクールに遂行した俺は失敗で、あいつらガキどもには百万円を渡すんだ!説明しろ!」と俺は、ブシュブシュ血を噴射させながら叫んだ。

すると、クソ老人は、一言ささやいた。

「お前は、ダッシュをしていない」


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