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短編「ストーキング・プロフェッショナル」

 窓の光を反射して輝く彼女の白いうなじをそっと、静かに、私は捉えた。その輝き。何者にも侵されない美しさそのもののホワイト。

 丸テーブルにたてかけた、少し大きめの丸い鏡の前で、彼女はそっと自分の長い髪をなではじめる。まるで愛しい子供の頬をなでるように。その黒髪は、あらゆる汚れを絶つようなまばゆいばかりの黒髪だった。確固たる意志をもっているかのようなブラック。

 その黒髪の一部が、そっと白いうなじへと流れ、ふりかかった。そこに存在する白と黒の完璧な対比を私はしっかりと窓の外からのぞきこむ。この対比。この完璧な対比。私はこれを、私の雇い主に報告できることに喜びを感じた。それがいかにこの世界から隔絶された、「完全」なのかということを、雇い主に知ってもらうことは、私の使命の一つだった。
 
彼女はそっと立ち上がり、彼女が身にまとっているシャツを静かに上へとたぐり寄せていく。黒髪とシャツが摩擦をおこしている様子を私は静かにじっと窓の外からのぞきこむ。やがて彼女の体から離れようとしているシャツのすべてが彼女の後頭部に集中する。シャツをもつ彼女の両の手が上方へと放たれる。それと同時に、シャツに摩擦で、はりついていた彼女の見事な黒髪のすべてが、天上から彼女の背にすっとふってきたかのようにながれ落ちた。彼女の美しい背の肌がもつ白とながれ落ちた長髪の黒の完璧なる対比は、まさに美、というほかなかった。

 私は、そこに新たな色の発見をする。彼女から発せられている白と黒の間にピンクのラインが見えたのだ。それがいったい何なのかはすぐにわかった。彼女が「こちら側」に体を回転させたからである。彼女の背に見えたピンクのラインは彼女の胸元を覆っているピンクの布の一部だった。そのピンクの布は、とてもよくピンと張っていた。布の上方には、確かな黒とは言い難いが、とても濃い灰色の線がみえていた。ピンクの布の下からつきあがっている二つの盛り上がりの間からひかれたその灰色の線は、何か、のぞいてはいけない秘密を抱えているようだった。その深淵とも言うべき灰色の線を形成する、つきあがった白の二つの盛り上がりそのもの、秘密の原因を暴くために、私は窓の外から彼女を観察することを雇い主に命じられたのだという、どこか確信めいた強迫観念にとらわれた。

 彼女は私がいる窓の外側を、目を細めて見はじめた。そして彼女は、はっとし、あわてた様子でテーブルの方にかがみこんだ。ピンクに支えられた二つの盛り上がりが、彼女のかがみこむ方向に同時に吸い寄せられている様子をわたしはしっかりと捉えた。やがて、彼女は黒い縁の眼鏡をかけて、窓の外に向かって目を見開いた。その目線は私の「目」と「体」を捉えていた。それは明確だった。私の目線と彼女の目線は寸分違わず一致していたからである。彼女は一瞬完全にかたまった。そこにうまれた静寂。彼女のもつ肌の色、白のように何者にも侵されないその静寂を、私は完璧にとらえ、記憶した。

 しかし、その静寂は本当に一瞬のものだった。彼女は狭い窓の内側を、ダッという鈍い音を発しながら走り、窓の外側と内側を断絶するカーテンに手を伸ばし思いっきり閉じて、私と彼女の目線の交差を断ち切った。その時の彼女の表情は、閉じられたカーテンのしわのように、歪んでいた。

 しかし、私は、彼女のもつ完璧なる白と黒と、ピンクと、そして、秘密の灰色の線を明確に記憶していた。いや、記録していた。私は雇い主に讃えられる仕事をしたと、確信した。・・・彼女にみつかってしまったのは不覚だったが、彼女の観察をはじめてから10分は過ぎており、私の力もつきかけようとしていた。それに、私は彼女に発見されたことになんの焦りも感じていなかった。やがて、私は風にふかれて上下左右に枝と葉をゆらしている木々の間を通りぬけ、雇い主のところへと戻った。雇い主は、スマートフォンと、スティックが2つついた、四角いものを手に持っていた。やがて、スマートフォンを見つめていた雇い主は、微笑みを浮かべながら、そっと顔をあげて私のほうに視線を移した。スマートフォンに私の雇い主自身が映りはじめたからであろう。雇い主は、私を静かに彼自身の足下にそっと降ろした。そして、私をさっと持ち上げ、引き寄せて、私を少しなでながら、ささやいた。

「今日も、お疲れさま。でも、ついに、みつかってしまったな。もう、彼女の部屋の窓の外から彼女を見つめることは、できなくなってしまった・・・。まあ、しかたがない。しかし、君はすばらしいものを記録しつづけてくれた。本当にありがとう。ああ、それにしても、すばらしい、発明だ。君という存在は、本当にすばらしい発明だ」

 ささやき終えると、私の雇い主は、すぐに私を、私がいつも待機している箱の中へといれてくれた。その箱の外側には、私の姿が印刷されていた。4つのプロペラと、彼女のことを記憶、いや、記録するための、私の確固たる目、カメラを装着した、世間では「ドローン」と言われている、私の姿が。(了)
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ショートストーリー「ギャル IN 0.02」

目を覚ましたら、視界がぼやけていた。・・・首が痛む。どうやら、頭の重さに耐えられなくなり、カクンと前に首がいってしまったためだろう。・・・それにしても、ずっと目の前にみえるものがおぼろげだ。目の前に見えているものが、どうやら女ものの有名なブランド・バッグだということは、特徴的な模様でなんとなくわかるが、とてもぼやけていた。

 寝ぼけているのか?・・・ガタン!と座っていた席に少し振動が伝わる。その振動で、曖昧だった意識が覚醒しはじめた。
 そう、俺は今日も残業をして夜遅くの電車に乗っているんだった。なんとか座ることができたわけだが、今日の仕事の疲れのせいで、座るやいなや、すぐに眠ってしまったらしい。

「次は、N駅N駅です。各駅停車A駅行きはこちらでお乗り換えです」車掌のアナウンスが車両の中で響きわたる。N駅。この急行電車の次の次の駅が、俺が降りる駅だ。よかった。寝過ごしてはいなかったことにほっとした。
 だが、ほっとしたのと同時にいままで感じたことのない違和感を覚えた。俺は焦った。俺はどうしてしまったんだ?
 どうして、俺の目の前の女もののブランド・バッグの模様が、いつまでたってもぼやけたままなんだ?
 俺は、そっと自分の目の方に手のひらを近づける。そして、少し長いまつげが直接手のひらに当たる感触を得た。
 そして、はっとした。やっぱり、そうだ。

 俺が普段かけている、身体の一部ともいってもいい眼鏡がなくなっている。俺は、あまりに激しく首がカクンとなってしまった勢いで足元に眼鏡が落ちてしまったのかもしれない、そう思って、自分の足元を見た。目を細めて。
 しかし、そこに眼鏡は落ちてはいなかった。少しずつ焦る気持ちが芽生えてきた。俺の眼鏡はどこにいったんだ?一体どこにいってしまったんだ?俺は、隣に座っている人にひじなどがあたらないように注意しながら、着ているスーツのポケットの中を探ってみた。しかしどこにも眼鏡が入っているような感触をつかめなかった。俺はビジネスバッグをあけて、中をのぞいてみた。しかし、やはり眼鏡はなかった。・・・俺は少し冷静になろうと、息を少し大きく吸って吐いた。つんと、電車の中に居座っている人の汗の臭いが鼻孔についた。

「次は、M駅。M駅です。お忘れもののないようにご注意ください」いつのまにか、最寄り駅の隣の駅まで電車が到着してしまった。
 目の前にみえていたブランド・バッグが消えていた。どうやら、バッグを持っていた人は、N駅で降りるようだ。
 すると、向かい側に座っている人がみえた。金髪の男だった。でも、どんな顔をしているのかは、全くといっていいほどわからなかった。のっぺらぼうのようにしか見えなかった。

 本当に俺の眼鏡はどこにいってしまったのだろうか・・・。最寄り駅までは5分ほどで着いてしまう。俺は右側に座っている人をちらっとみた。スマートフォンをいじくっている。・・・確か同じ駅で乗って、隣に座った人だったはずだ。あんまりじろじろみたら、よくないとはわかっているが、かなり短いパンツをはいており、綺麗な白い太股を大胆にのぞかせていたので、寝る前に、俺が座った直後に隣に座ったその人、女を少し意識してしまっていたから、間違いない。
 変な目で見られるかもしれないのを覚悟して俺は、太股を露わにしているその女に声をかけた。
「す、すみません」
少し迷惑そうな顔で俺のほうを女はみた。金髪でロング。巻き毛。濃いめの化粧をしている。ギャル系とでもいおうか。でも、隣とはいえ、顔はぼやけて見えるので、どんな顔をしているのか、かわいいのかどうかは、よくわからなかった。
「あの、なんというか、さっきまで僕眼鏡をかけていたんですけど、起きてみたら、無くなっていて。し、知らないですかね?」俺はおそるおそる、尋ねてみた。
 ギャルは、この男は一体何をいっているのかと思ったのか、すこし沈黙が続いた。しかしほどなくして、
「いえ、すみません。わからないです。落としたりしていないんですか?」ギャルは俺に尋ね返してくれた。かわいい声だった。
「そうかもしれないんですが、足元をみても、なさそうなんです」ギャルは俺のこの返答を聞いた後、下を向いた。どうやら俺の足元とその周辺をみてくれているようだ。ぼやけてはいたが、谷間をかなりのぞかせているように見えた。俺は、なんだか見続けるのはいけない気がして、少し視線をそらした。
「すみません、眼鏡、落ちていないみたいです」ギャルは再び俺のほうに視線を戻してそう言った。ぼやけていてもギャルだとわかる風貌だったので、正直少し恐かったが、案外親切な女だった。
「すみません。ありがとうございます」ひとまずギャルの親切に俺はお礼をいった。
「いえいえ。でも、本当にどこにいっちゃったんでしょうね?」ギャルは心配そうな声で言った。
「そうですね・・・」俺は弱々しく答えた。俺は目の前の世界がずっとぼやけていることに不安と焦りをとにかく覚えた。駅を降りてから、家まで徒歩でだいたい20分。俺の住むアパートまでには暗い道が続いているところもあり、そこを眼鏡なしで歩くというのは不安だった。ただ、家に帰れば、スペアの眼鏡がある。前に使っていたもので、さらに目が悪くなってしまった今となっては、かけても両目で0.4くらいにしかならないのだが、生活には困らないから、ひとまず早く、無事に家にたどり着くことだけを考えることにした。

「次は、I駅。I駅。E線はお乗り換えです」車掌のアナウンスが響きわたる。
 もう降りる駅に着いてしまった。俺はそっと立ち上がる。すると、隣にいたギャルも立ち上がった。どうやら、このギャルもこの駅で降りるらしい。
 プラットフォームに降りると、もちろんいつもと同じなのに、そこが、全く違う世界に見えた。もし普段から裸眼で過ごすことになったとしたら、と考えたら、それは全く知らない世界にずぅっと放り出されっぱなしのままになるような、そんな感じになるのではないかと、そう思った。
 目を細めながら出口につながる階段へと足を運ぶ。身体が覚えているので、問題はなかったが、それでも足元がおぼろげの状態で階段をのぼるのは少し怖かった。いつもよりゆっくり階段を上っていくと、腕にちょこんと少しつかまれる感覚がした。後ろをふりむくとさっきのギャルだった。ぼやけていながら、そういうところだけは、目がいってしまう自分が少し情けなかったが、上段からみると胸の谷間をのぞくことができた。なかなかのスタイルをもつギャルだと思った。

「あの、大丈夫ですか?」ギャルは心配そうな声で俺に話しかけてきた。
「ありがとうございます。大丈夫ですよ」俺はそう言った。
「でも、なんか見ていてあぶなくみえちゃって・・・すみません、迷惑だったかもしれないけど、心配になっちゃって・・」ギャルはそう言ってぱっと俺の腕から手を離した。
「ありがとうございます。でも、本当に大丈夫ですから」俺は、できるだけにこやかになるように努めてそう言った。それに本当にぜんぜん迷惑じゃなかった。素直に嬉しかった。
「そうですか・・・。家までどのくらいかかるんですか?」ギャルは俺と足並みをそろえて階段を上りながら尋ねてきた。
「だいたい、徒歩20分です」俺は答えた。
「20分ですか?家、どのあたりなんですか?」
「えーっと、DP公園の近くです」
「DP公園の近くですか。そのまわりって暗い道、多いじゃないですか?あの、よかったら、家の近くまでついて行きましょうか?私もDP公園の近くにちょうど住んでいますし!」ギャルは俺の顔をのぞきながら、そう言った。いい匂いがした。
「い、いえ。いいです。そんな申し訳ないですから」俺は少しドキドキしながらそう言った。・・・・まずい。だいぶ俺は、このギャルのことを意識してしまっていた。そして、もしかしたら、このままこのギャルと、知り合えるかもしれないということに、どこか期待感を抱き始めている自分がいた。
「いえいえ。そんな気にしないでください」ギャルは笑顔でそう言った。
「・・・じゃ、じゃあお言葉に甘えて」俺はいつの間にかそう答えていた。

 そして、俺はギャルとともに帰路を歩いた。ギャルは俺の仕事のことなどを尋ねてきた。俺はそつなく答えた。俺もギャルに仕事をしているのかきいてみた。とあるブランドファッションのショップ店員をしているという答えを聞いた。なんだか、みた目通りの職業ですね、というと、そうなんですよ!とギャルは笑った。そんな他愛のない話をしているうちに、俺のアパートに通じるDP公園近くの、狭く、暗い道には入った。本当に、最低だと思うのだが、暗い道をギャルと歩いているうちに、この暗さがまたいけないのだろう、自分のアパートについたら、お礼にこのギャルを家に招いて、お茶などして、そのまま話がはずんで、なんだか、いいムードになって、そのまま・・・なんてことをついつい想像してしまった。電車の中や、階段の上からみた、やわらかそうな胸の谷間や、白い太股が思い起こされた。

 お互いの仕事の話をしているうちにやがて、俺のアパートの前まで来た。
「ここです」俺は言った。
「あ、ここなんですか。本当に私の家もけっこう近いんですよ!よかったです」ギャルはそう言った。
「助かりました。ありがとうございます」俺はお礼を言った。
「いえいえ。そんな、でも大丈夫ですか?眼鏡がないままで、明日とか・・・」
「大丈夫です。家にスペアがあるので」
「あ、そうなんですか!それはよかったです!」ギャルは胸のあたりで両手の指を絡ませながら、そう言った。その仕草がとてもかわいかった。
「あの、よかったら、お礼に、コーヒーでも一杯飲んでいきませんか?」俺は思い切って、このギャルを誘ってみた。
「え?そんな悪いですよ」
「いえいえ、大丈夫ですよ。コーヒー淹れるのだけは自信あるんです」実際俺は、コーヒーには凝っていた。
「えー。いいんですか?じゃあ、一杯だけ!」ギャルは俺の誘いに応じてくれた。俺は、小さくガッツポーズをした。
「1階の一番奥の部屋が僕の部屋なんです」そう言って、いつものアパートでありながら、ぼやえているがゆえに、やっぱりどうもいつもと違うように見える、特になんの特徴もないアパートの奥へと進んでいった。
 俺は、ビジネスバッグの中から家の鍵をとった。鍵穴にしっかりと鍵をいれるために、顔を鍵穴のかなり至近距離まで近づけた。なんとか鍵穴に鍵をいれることができて、そのままドアをあけた。
「どうぞ」俺はギャルをまず招いた。
「おじゃましまーす」高いヒールを脱いで、おそるおそる俺の部屋に入っていくギャル。・・・正直、すでにまずかった。すこし俺のパンツが盛り上がってきていた。
早くスペアの眼鏡をかけて、ギャルの谷間と太股を、ちゃんと見たかった。
 俺はいつも通り、玄関のところで座って、革靴のひもを丁寧にといてから、ぬごうとした。しかし、視界がぼやけているので、やはりいつもよりも苦労した。

 俺は、はやる気持ちをおさえながら、ゆっくりと革靴を脱ぎ始めた。
 左の革靴をぬいで、次に右の革靴のひもに指をもっていたところで、首もとに衝撃が走った。はげしい電流が体をつたっていくようだった。俺は振り向いた。白い太股と、女が手に持っているひげ剃り機のようなものがみえた。それは、ひげ剃りではなかった。目を細めて、少しでも焦点をあわせて、それをみた。どうやらそれは、スタンンガンのようだった。・・・それがわかったと同時に、またそれが俺の体にあてられた。そこで、俺の視界は、ぼやけるどころか、真っ暗になった―
 
 聞き慣れた音が響いているのが聞こえた。俺はふっと目をさました。目の前に俺のスマートフォンがあり、そこからいつもの目覚ましがわりの音がながれている。俺は、スマートフォンを手に取り、めざまし機能をいつものように終了させた。
 ・・・・ここは、どこだ?俺は、ばっと体をおこして、自分がどこにいるのかを確認した。どうやらリビングにいるようだった。しかし、いつもみる風景では決してなかった。
 とにかく、ぐちゃぐちゃだった。リビングの中にある、なにもかもがすべてあばかれているような状況だった・・・。あばかれている?俺ははっとした。俺は、いそいで通帳やらお金やらをいれているタンス一番下右側をばっとみた。そこからは何もかもなくなっていた。もぬけの殻だった。俺は、リビングの中をとにかく見回した。俺の持っている金目のものがすべてなくなっているようだった。

 俺は混乱した。いったいなにが起こったんだ・・・?確か俺は、ギャルとここまで、きて、そしたら、ギャルが俺に、ス・・・スタンガンを・・・。俺は、はっとした。さっきのギャルは、どこにいったんだ?俺はいそいで玄関までいって、ドアをあけた。・・・いつもの夜の風景だった。なにもなかった。ギャルの姿はどこにもなかった。・・・と同時にもう一つ、俺は違和感を覚えた。
 どうして、玄関をあけた瞬間、いつもの風景と明瞭にわかったんだ・・・?

 俺は、さっき電車の中でやったように、自分の手のひらを目に近づけた。手のひらがまつげにあたることはなかった。むしろ、手のひらににじんだ汗のせいで、視界が、汚れた。そう、そこにはレンズがあった。俺は、また部屋の中に入り、いそいで洗面所にいって、鏡をみた。
 いつもの眼鏡をつけている自分の顏が鏡にうつっていた。・・・何でなくなった眼鏡を俺はかけているんだ・・・・?わからなかった。とにかくわからなかった。・・・と、鏡の右上に、なにかが貼られていた。俺がもっているメモ用のポストイットだった。そこにはかわいい文字でこう書いてあった。「眼鏡、みつかってよかったね!はっきりと目がみえるようになった、今の気分は、どう(笑)?」

 俺は、そのメッセージを読んで、とにかく怒りと後悔がこみ上げてきた。俺はリビングに再び足を運んだ。もしかしたら、眼鏡を外したら、世界が変わるかもしれない。そんな馬鹿なことを考えて、眼鏡をはずして、裸眼の状態でリビングをみた。

 やっぱり、ぐちゃぐちゃのままだった。

 もう、眼鏡があろうとなかろうと、そんなことはどうでもよかった。

 俺はただ、この現実から目を背けたかった。
 
(了)

ショートストーリー「Under My Utopia」

今日も、猛烈に照っている日の光を浴びながら下を向きぼんやりと僕の身体の影を地面に落とす。今日は、2限と3限だけだから、すぐに家に帰ることができる。それだけが、僕にとっての救いだった。

だからといって、帰っても特にやることなどない。ただ、同年代の学生たちが巻き起こす喧騒と、このどうしようもない暑さと、日光から逃れたいだけ。僕には、皆が感じているような喜びとか楽しさとか、幸せとか、そういったものがよくわからない。ただ、うれしいという感情というものを僕の中にもたらすものがあるとしたら、それは、独りでいられる時間、なのかもしれない。

僕は、これまでの人生を、ずぅっとただ何となく、流されるまま生きてきた。・・・いや、幼いころは、いろいろなことに興味を持っていた、とは思う。それをしっかりと両親にも伝えた、・・・いや、伝えようとした。でも、ほとんど両親は家にいることはなかった。
両親は共働きをしていた。僕と過ごす時間よりも、自分の時間を、大切にしようといつも心がけているようだった。僕は幼いながらも、そういう両親の態度を感知し、僕は両親に遠慮するようになった。・・・でも、一度だけ勇気を振り絞って、近くにある市民プールに連れて行ってといった。しかし、両親は、笑顔をみせてくれたものの、「ごめんね、パパもママも忙しいのよ。また、今度ね」と言って結局僕をその場にたたずませたまま、また仕事へといってしまった。

ただ、両親は、僕に学力はしっかりとつけさせたかったらしく、僕を小さいころから、お受験塾に通わせ、一流の小学校にいれさせようとしてくれた。僕は、頑張った。はじめて、両親が僕にかまってくれているような気がしたからだ。頑張って、一流の小学校の入学試験に合格すれば、きっと、ごほうびとして、僕のわがままを一つくらいはきいてくれるかもしれない。そう思って、とにかく頑張った。

両親はとても頭のいい人たちだ。どちらも一流大学を卒業し、そして同じ一流の大企業に務めるようになり、どんどん上のポジションに就き、お互いが惹かれあい、交際にいたったようだ。しかし、一つ誤算があった。僕という存在が、母の子宮の中に芽生えてしまったことである。そして、さらなる誤算が生じてしまった。それは、僕が両親とちがって、頭の出来が悪かったということである。

両親は、結婚はしないで、あくまでお互いを高めあい、価値観を共有できる関係のまま、交際を進めていく、という考えがあったようだ。だけど、子供が出来てしまった以上、世間体もあるし、僕を産むしかないという結論にいたったようだ。子供をおろすわけにもいかなかったしね、と母が愚痴のように言っていたのを、ちらと昔聞いてしまったことがある。

まあ、せめて、もう少し、出来のよい子供として生まれていればなぁ、と父が返答していた。

僕は、お受験に失敗したのである。

それ以来、両親はすぐに僕というものを諦め、最低限のものは僕に提供してくれたが、それ以外、僕に何もしてくれることはなかった。

そのころからだろうか。僕は、何にも興味というものを持てなくなっていった。ただ、両親、教師が提供してくれるものと課題を受け取り、受け入れ、また、こなしていった。

成績は、並み。運動能力も突出したものはない。顔もあまり人の印象に残らない、カオ。そのまま、流れるように、公立の中学、高校、私立の中堅大学と僕は足を運んで行った。そして、その時の流れと共に、僕は、この世界に生まれてきた意味が、あったのだろうかと疑問に思うようになった。

栄養補給のための食事、体力を回復するための就寝、単位を落とさないようにと、義務的に行う課題、そして月一度のマスターベーション。僕には、これらしかなかった。

たまに、「恋」という言葉が頭の中に浮かぶ。しかし、それは、僕にとって単語であると以外に意味をもたない。せめて、「恋」、これがあるだけでも、僕の人生は違うものになるのではないか、とも思うことがある。しかし、それ以前に僕は他人とできるだけ関わりたくないのだ。

・・・・・ただ、最近、こんな状態の、僕自身に、思うことがある。

-こんなに何にも興味を持てずただ流されるまま行動し、しかも、他人とは関わりたくないと思っている僕が、生きている意味なんてあるのかな-

一日いちにちが過ぎれば過ぎるほど、僕は自分が生きているということに、意味がないような気がしてきた。

というより、こんなにも世間から逃れたいと思っている僕がこの世に生きているということ、それ自体が、この世界に、迷惑をかけているのではないだろうか、とも思うようになってきた。

僕という一人の人間が生きているだけで消費される、食物、飲料、資源、お金・・・・。それらは、いかほどのものであろうか・・・・。

ここ日本という国で、僕が、これまで飲んでは排尿した水というのは、世界で本当に生きたいと思っていても、きれいな水すら飲めない人々にとっては、それはもう、潤沢な量の水なのではないだろうか。もちろん、僕がこの国で今すぐ死んで、水を飲まなくなったとしても、その分、そういう人々のところに水が供給されるわけではない。・・・でも、そんなことを、考えれば考えるほど、僕は、自分が生きているということが、罪、そのものなのではないかと思ってしまうようになっていった。

そして、僕は、どんどん、僕自身を拒絶するようになった。

いっそ、死んじゃえばいいのかな・・・・。
そんなことを思いながらも、僕は大学に行くために、電車にのり、揺られ、最寄りの駅へと向かう。最寄駅についたら、人の流れに合わせて、下車し、プラットフォームを歩く。少し、出口が遠い。

電車から吐き出される人が一気に、階段へと向かう。僕もその中のぐちゃぐちゃした人の塊の一部分となる。嫌だ。嫌だ。

僕は、前の人の足取りに合わせて、下を向きながら階段を上る。何者にも反抗しないで、ただ、流されるように。すると、突然、僕の前を上っていたサラリーマンの皮靴がぴたっと止まった。僕も、はっとして、止まる。全くその足は動かなくなった。僕は、上をみた。すると、驚く光景がそこに広がっていたのである。

階段を上っていた人たちが、皆足をとめ、僕のほうを、振り返ってみているではないか。
そして、ずかずかと僕を避けるように皆が階段を下りていくではないか。

何が起きたのか僕は不安になって、その人たちと同じように階段をおりようとするが、おりた人々が、僕の下で固まって僕をおりられないようにしている。

皆とても無表情だった。でも、確実に、皆の目線が、僕に、集まっている。

「な、なんなんですか?」僕は、思わず声を、発した。

すると、先ほど僕の上を歩いていたサラリーマンが腕をあげ、指をさす。僕は振り返る。すると、最上段の場所あたりに、ブラックホールを彷彿とさせる渦巻いた黒い穴ができているではないか。これは、いったい、なんなのだ。僕は、混乱と恐怖で、震え、身動きがとれなくなった。これは、悪い夢なのではないか。僕は、古典的な方法だが、頬をつねってみた。イタイ。これは、どうやら本当に起きているらしいことみたいだ。そんなことをしていると、サラリーマンが僕に向かって、話しかけてきた。とても、無機質で抑揚のない声で。

「青年。このまま、階段を上りきれば、きっとお前の望む、『死の世界』へと行ける。そう、冥界へと。そう、この階段を上りきった先には、お前の望む世界が待っているのだ。さあ、行くがいい。お前という存在がなくなったとしても、誰も気に留めない。なぜならば、お前自身がそれを望んでいるからだ。そんな人間は生きている意味などない。私たちは、お前にとっての、最上の世界への入り口を準備したのだ。さあ、行くがいい。お前の望む世界へ。お前の望み通りの世界へとその暗黒は通じている」

サラリーマンはそう言い終えると、腕をおろし、じっと僕のほうをやはり見続けた。他の人々も同じだった。灰色の表情で、じっと、僕を見つめている。

僕は、とりあえず、叫んでみた。駅員に声が届くかもしれない。しかし、全く何の反応もない。いったいどうなっているんだ。周りを見渡し、僕は、そこで異変に気が付く。

人々の間からちらっと見える先ほど降りた電車が、ドアは閉まってはいるものの、全く動こうとしてない。中にいる乗客も完全に「停止」している。

どうやら、僕、そして、僕を階段の下におりさせないように固まっている人々と、上で渦巻いているブラックホールのような穴だけが動いている。つまり、この階段の空間以外の世界の時間は、止まっているようだ。

僕は、恐怖とこのあまりに異常な状況にどう対応していいのかわからなくて、しばらくじっとしていた。

一度人をかき分けておりようとも思ったが、それは無理だとすぐにわかった。あまりにも人が密集しているからだ。それに、人をかき分けられたとしても、時間が静止した空間に入ってしまったら、僕自身の時間も止まってしまうのではないかいう考えが頭をよぎり、よけいにそれは怖くてできなかった。

そんなことを考えているうちに5分は経過したのだろうか、そのままたたずんでいると、先ほどのサラリーマンがまた無機質な声で僕に言った。

「何を悩んでいるのだ。お前は、お前自身で、お前自身を否定し、この世にいても意味のない存在と定義づけたのではないか。大丈夫だ。あの暗黒を通り過ぎる時、何の痛みも生じない。ただの道しるべだ。何も悩む必要などない」

サラリーマンはそう言い終えると、またぐっと口を閉じ、僕をやはり見つめた。

そういうことじゃない。僕はそう思いながら、彼のいう暗黒をみる。渦巻く大きな黒い穴。

その穴を通り抜けた先には、僕が望む世界が広がっている-

そう、それは、誰にも会わずに、誰にも迷惑をかけずに、ただ一人で完結できる唯一の世界、「死の世界」。そこに、行けば、今までの苦しみから僕は一瞬にして解放され、誰のことも気にしなくてすむのだ。そうだ、それほどまでに、理想の世界などあるだろうか。

そうは思うものの、なぜか、僕は自分の足を動かすことができずに震えていた。とても、震えていた。

何故なんだ。僕は僕自身が本当にわからなくなってきた。あの穴を通り過ぎれば、僕の理想の世界が待っているというのに、僕は、何に対して躊躇っているというのか。何に、恐怖を覚えているのか。

それでも、とにかく、今のこの状況を打破するには、あの穴を通り過ぎるしかないようだ。

僕は、なんとか、一歩ずつ足を動かし、階段を上っていった。だんだんと黒い穴が僕の目の前で大きさを増していく。そして、あと一歩というところまでなんとか上ることができた。僕の皮膚からは尋常ではない汗がふきだしてきていた。

あと一歩。僕の理想の世界へと、僕は、足を踏み入れる。

その瞬間、僕の中である感情が芽生えた。

-死にたく、ない-

僕は、暗黒の入り口の渦に吸い込まれた。否応がない力だった。だが、痛みはなかった。というよりは、その暗闇の中は温かく、心地よかった。
僕は、目を閉じて、その渦巻く世界に完全に飲み込まれた-


感覚としては、1分ほどの時間が経った後、僕はおそるおそる目を開けた。すると、急に体が、ぐぅっと引っ張られる感覚となった。コンクリートの地面に僕の足がしっかりとついているのがわかった。

そこは、どうやら、階段を上りきったところの踊り場のようだった。階段をのぼってくる多くの人々が僕を立ち止まっている通行上の邪魔者としてちらっとみつつ、どんどん改札へと流れていった。

一体なんだったのだろうか。ここが、死の世界?いや、それは、どうやら違うみたいだ。しっかりと、体の感覚が残っている。というより、身体というものは、こんなにも質量をともなっているものだったのか、と思えるほど、僕の意識に密着していた。

すると突然、激しい耳鳴りがした。そして、その耳鳴りの中から、あのサラリーマンの無機質な声が響いてきた。

「これが、お前の理想の世界だ。お前にとって、『生きる』世界が理想の世界だったのだ。先ほど、お前がお前自身の中にある得体のしれない何かに恐怖した理由は、そこにある。今はわからなくても、お前がお前自身で導いたこの生きる世界が、なぜお前にとっての『理想の世界』なのか、その答えを自らの力で導くのだ」


そんな言葉が聞こえた後、耳鳴りはおさまった。

一体なんだったのだろうか。僕は、改札を抜け、いつもの道を歩く。

-お前にとって、『生きる』世界が理想の世界だったのだ-
一体、どういうことなのか。僕は、こんなにも自分がこの世に生きていても、意味のない存在だと思っているのに・・・・。ただ、あの恐ろしく不可思議な時間の中ではっきりと明確に生まれた一つの感情がずぅっと僕の胸の中で、炎を燃やしていた。

-死にたく、ない-

僕は、また、今日も、大学へと足を踏み入れる。

ショートストーリー「ヒップと妖精と僕」

ヒップと妖精と僕

僕は痴漢である。目の前にお尻があったら、触りたくなる。なぜ、まわりにいる男たちは、満員電車の中、女性と密着した状態になるにもかかわらず我慢できるのだろうか。
僕にはそれが理解できなかった。
ちらと下を向くと、そこには柔らかそうなお尻たちが混在している。
通勤ラッシュ時の満員電車の中、僕は、右斜め四十五度にあるお尻に標的を定めた。

普段はスカートを穿いている女子高生やOLを狙っているのだが、たまには、ジーンズを着ている女性を狙うのも一つの余興として、この性癖を発揮するのも悪くはない。

スカートよりも、ズボンを穿いている女性のお尻はより輪郭がはっきりしていて、その形に翻弄される。ただ、スカートの場合は、手を入れることができるから、普段はスカートの女性を狙っているということは、いうまでもないだろうが。

今日の標的のジーンズを穿いている女性のお尻の曲線に魅せられない男はいないだろう。女も惚れるであろう引き締まった、そして、とても、とても「柔らか」そうなお尻であるのだ。

ごくりと唾を飲む。さあ、いざ、意を決して、そのお尻に右手を―

かちり。

突然、僕の腕時計の針の音が電車の中で響き渡った。
「な、なんだ・・・?」
腕時計を見る。時計の針が止まっていた。
異変はそれだけではなかった。

『すべて』がとまっていた。電車も、人も、何もかも。隣にいる禿げた男に声をかけても、身体をゆすっても反応しない。

つまり、『時間』が止まったということか。動けるのはどうやら僕だけらしい。

「な、なんなんだ・・・」

「こんにちは」

どこからか、声がした。とても儚く美しい声だった。電車の中全体に響き渡る。

あたりを見渡す。しかし、その声を発したと思われる人はいなかった。

「ここだよ。貴方の『標的』のポケットに注目」

「え?」

僕は、右斜め四十五度の標的にしていたお尻をみる。

その標的のお尻を覆っているジーンズの後ろポケットから、ぴょこんと「顔」が出ていた。

「こんにちは。私は、妖精です。よろしくね」

「よ、ようせい??」

「そうです。私は、妖精です。よろしくね」

なにがなんだか、さっぱりわけがわからなかった。その「妖精」は、本当に誰もがイメージするような妖精の風貌をしていたが、異様に頭がでかい。とにかくでかい。最近の萌えキャラといわれる美少女キャラクターの不自然な目の大きさと、顔の大きさが一つのその「萌えポイント」であるのであろうが、この妖精の頭のでかさもそれに該当するものなのかもしれない。つまり、かわいいのである。なんか、異様にかわいいのである。そりゃそうだ、妖精だもん・・・

「って、なんだぁ!よ、妖精?ちょ、ちょっとまて・・ってなんか僕しかうごいていないんだけど―」

「あぁ、時間をとめました。あなたとお話したくて・・・」
な、なんといった?この妖精さんは。こんな、毎日中央線で、女のお尻を追いかけて、その、お尻を触ったりお尻を触ったりお尻を触ったりしているような僕みたいな破廉恥で、低俗で、もうどうしようもないくらいにどうしようもない男である僕と、この萌えキャラクターも驚きのかわいいかわいい自称妖精が時間をとめてまで、何を話したいというのだ、というより、僕はいま、ユメをみているのだろうか・・・?わけがわからない。時間をとめた?それは、世界中の時間が止まっているということなのか。まぁ、そうしないと世界に隔たりができてしまう。もし、この電車の中だけ時間が止まっているとしたら、そして、この電車の中に、なんかすごい株主がいたとしたら、それはすごい損失を受けてしまう可能性もあるのではないだろうか・・・。

「あぁ、大丈夫ですよ。世界中の時間がとまっていますから。被害はないです」

まるで、僕の心を読んでいるようにそんなことをいってきた。いや、妖精なんだし、時間をとめることができるくらいだし、そんなことは容易いのかもしれない。

「妖精・・・さん。もしかして、僕の心を読み取れるのですか?」なんて、ばかげた質問をしている僕がいた。

「そんなことできるわけがないじゃないですか。そんなことができたら、話す必要ないでしょ?相手の心を読み取ることなんてできたら、人間は言語なんて必要としないでしょう?まぁ、言葉っていうのは、自分の気持ちを発するだけではなく、偽ることにも使える不思議な魔法のようなものなのですけれどね。でも、私には、貴方の気持ちを正直にきかせてほしいのです」

なんか、哲学的なことを妖精は僕にいってきた。

「な、何を聞きたいんだ。僕に・・・」

「そんなのきまっているじゃないですか。なんで、貴方はそんなに女のお尻を触りたくなる衝動に駆られるのか、ということです。私には全くその意識が理解できません」

「そ、そんなの、本能ってやつだよ。逆に僕から言わせてもらえば、どうして、みんなこんな満員電車の中で、こんなにも身体が密着しているというのに、我慢できるのかが、わからないよ」
そういえば、今気づいたのだが、満員電車の中だというのに、なぜか息苦しくない。これも、この妖精の力なのだろうか。

すると、妖精は高らかに笑い始めた。うるさい。

「どうして、わらうんだよ」
「あはははは。す、すいません。貴方があまりにも素っ頓狂なことをいっているので、笑ってしまいました。本能という言葉がでてくるとは思いませんでしたからね」

「な、なにが、おかしいんだよ」なんか、腹立つ。

「本能に従って、お尻を触っているというのが、おかしいのです。それは、『本能』の一部であることはまちがいないのですが、本当の本能は、貴方の生殖器を女性の生殖器に挿入することをいうのではないのですか?本当の本能は、『繁殖』です。本当に本能にしたがうのならば、貴方はこの満員電車の中であろうと、全裸になって、この女性のジーンズを無理やり脱がして、生殖器を挿入するはずです。でも、貴方はそれをしない。つまり、それは、『本能』ではなくて、一種のスリル、または、快楽を味わいたいだけなのですよ。まあ、実際人間は、性行為自体を『快楽』にしてしまっている愚かな生物ですけどね。でも、貴方のやっていることは、本能というものにはあまり該当しないものだとおもいます」
なんか、すごく屁理屈っぽいことを妖精はその美しい声でいってきた。その声で、生殖器とかいってほしくなかった。

「わけわからん。でも、女性の身体を触りたいっていうのは、一種の本能っていうか、煩悩っていうか、そういうものだろう」

「そうなのかもしれませんね。では、なぜ貴方はもっと堂々と触らないのですか?」

さりげなく話をすりかえられた気がしたが、まぁ、いいだろう。

「そりゃあ、人目があるからだろ。ばれないようにさわらないとな」
「なぜですか」
「そりゃ、つかまったら、いろいろ厄介だからだよ」
「では、触らなければいいではないですか。そんなにつかまるのが恐いのだったら」
「そりゃ、そうだろうけど。だから、お尻にとどめているんじゃねぇか。ここで、胸とかも触ったら、確実につかまるぞ」
「つかまったら、なんでそんなに厄介なのですか」
「そりゃ、恥ずかしいだろう。まず。つかまって、ホームを駅員に連れられていたら、『あぁ、この人は痴漢なんだ。嫌だ嫌だ』とか思われながらじろじろ見られるだろうし、最悪、会社をクビにされるかもしれないだろう」

「やはり、矛盾していますね」
「なにが、矛盾しているんだ」
「貴方は、本能に従って、痴漢をしているといっていましたが、結局、この人間が作った『社会に従って』いるというところが矛盾しているのです。先ほど、他の男たちが、なぜ我慢をできるのかが、疑問だといっていましたね。それは、皆さんも貴方が捕まったときのさきほど仰っていた想定が頭の中にあるからです。痴漢をしたら法律で動いているこの社会によって、罰せられ、蔑まされ、恥ずかしい思いをするということをわきまえているのです。しかし、実際のところは、潜在意識のなかでは、皆、触りたいのです。お尻を、胸を、股を触りたいのです。膣をなめ回したいのです。生殖器を今すぐにでも挿入したいのです。でも、皆そんなことはしない。そんなことをしては、我々人間が創り上げた社会に反した一種の社会不適合者とみなされてしまう。そしたら、いきていけない、と思っているのです。だから、皆さん我慢できるのです。いや、それは我慢というよりは、ある種『ルールに操られている』のでしょうね。人間は社会のルールにのっとって生きている生き物なのです。人間ほど、脳が発達している生き物はいませんが、なぜか、人間は、その発達しすぎた脳のせいで、逆に、自ら牢屋を作った不思議な生物なのです。いくら、どこかのロックバンドが、『俺はアナーキーになりたいんだ』とか歌っても、アナーキーになれるはずがないのです。むしろそんなことを歌っている人のほうが、社会というものに強く支配されている不幸な存在なのですよ。笑ってしまいますね。人間の在り方というものは本当に笑ってしまいます。しかし、この『社会』というのは悪いものではないですよ。鳥でいう、巣のようなものですからね。ただ、人間は自分たちの巣を複雑につくりすぎた。実際、一番頭が悪いのは、人間なのかもしれませんね。・・・おっと、話がそれてしまいましたね。まぁ、つまり、貴方も結局は、社会に縛られているということです。私には、痴漢の神経が理解できないのです。考えてもみてください。痴漢をする人の心って、あまりにも錯綜していると思いませんか?その貴方のいう本能に打ち勝つことができずにお尻を触るのですけれど、でも、『社会』からは、恥辱を受けたくない。だから、わざわざ、触りやすくてなおかつわかりにくい満員電車という場所を選んで行動に移る。まとめると社会のルールにおびえながら、恥辱を受けたくないあまりにわざわざばれにくい場所を計画的に選んで、でも本能に従って、社会的に恥辱的な行為、つまりお尻をさわる。ほら、心の中がぐちゃぐちゃじゃないですか?」

「・・・・・・」僕には、この妖精のいっていることがぜんぜんわからなかった。それにお話したいとかいいながら、一方的にしゃべっている妖精の態度が気に食わなかった。

「うーん、そんな理屈っぽいことをいわれても、僕にはよくわからないわ」
僕は、この状況を打破したかった。
「なぁ、もう、時間、とめるのを止めてくれないかな」
「わかりました。ただし、注意を一つ」
「なんだ」
「次、貴方が痴漢をしたときは、確実に捕まります。魔法をかけておきましたから」
がたんごとん。がたんごとん。とつぜん、電車が動き出した。標的をみる。そのジーンズの後ろポケットにさきほどまでいた妖精は消えていた。

「なんだったんだ・・・・」

わけがわからない。僕は混乱した。

次の日、僕は、女子高生のお尻を触った。

捕まった。

(了)

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